漢方つぼ物語  (100)
合(ごう) 陽(よう)

 僕は山本陽一郎。この春、県立高校普通科を卒業、故郷の国立大学経済学部に入学した。僕を知る友人達は皆いぶかしがった。というのも僕は元来、都会志向が人一倍強く、自宅から通える大学への進学など眼中になかったから…。  
 それが一転、地元大学への進学を決意したのは今春、地元大学に新しい学科が新設されたからだ。それは観光学科。なぜ観光にそれほどまでの愛着を持つに至ったか? 最近知った原爆についてのエピソードがそれに関わっている。

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 昭和20年の8月、まず広島に、次いで長崎に、投下された原子爆弾。しかし当初、原爆投下候補地の筆頭に挙げられていたのは古都・京都であったという。
 もともと投下予定地を決めるのに、3つの基準が存在したという。それは次の通りである。
 第一に、直径3マイル(約5q)以上の範囲に市街地が広がっていること。
 第二に、爆風により効果的に破壊できる地形であること。
 第三に、昭和20年8月までに空襲により破壊されていないこと。
 すなわち、この新型爆弾の威力を効果的に発揮できて、なおかつそれを検証しうる標的として、京都が選ばれていたのだ。戦争であるから仕方ないとはいえ、破壊される側からすれば冷酷で非人道的な話である。
 しかし結果として京都は原爆投下を免れた。当時、米陸軍長官として大統領に対して強い発言力を持っていたヘンリー・スティムソンが強く反対したからである。その理由は筋が通っていた。
 京都という、日本人にとって心のふるさととも魂のよりどころともいうべき都市を米国が破壊すれば、日本人は米国を深く恨むであろう。ほどなくソ連が参戦し勝利が決するであろうが、占領政策を開始する時に、その恨み故に日本はソ連の懐に飛び込むかも知れない。それは米国にとって決して得策ではない。 
 若いトルーマン大統領は思慮深い陸軍長官の進言を受け入れ京都は救われた。
それが歴史の事実であるが、果たしてそれだけなのか、と疑問を持った研究者がスティムソンの日記の中に特筆すべき記述を見つけ出した。1928(昭和3)年の秋、夫婦で訪れた京都の文化と風景に対する最上級の賞賛の言葉が、そこに散りばめられていた。彼の京都への観光体験が歴史を動かしたといえる。

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 僕の入学した観光学科にはときおり特別講義が組み込まれる。今日は新聞社の支局長が講師だ。高知県出身だという。高知といえば鳴子を手にエネルギッシュに踊る「よさこい踊り」が知られている。これをモチーフにしたイベントは今や全国百カ所以上で催されているが、そこに至るまでには官民一体となった粘り強い実践とPRがあったという。観光資源もまた一日にしてならず、ということだろう。
観光にはまた体感的アイデアがものをいうこともある。高知県桂浜に立つ坂本龍馬の銅像。「龍馬の目の高さで太平洋を見てみよう!」と高さ15メートルの特設展望台を設置したところ観光客に好評なのだという。
また、堺屋太一氏の「物語が生まれる観光地」という提言も紹介された。トレビの泉が世界各地からの観光客でにぎわうのは「ローマの休日」という名作映画の影響を抜きにしては語れない。そこを舞台にして物語が編まれ、映画が撮られ、不朽の名作が生まれる。そんな観光地を創り上げなければ観光立県は実現できない…。
 講師の話はしだいに熱を帯びていった。

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 特別講義の余韻が覚めやらぬままに、僕はやはり僕の観光志願の原点である原爆回避のエピソードを思い起こしていた。そしてこんな夢を思い描いたのだ。
 地球上のすべての町が、すべての村が、それぞれの良さをアピールする空前の観光ブームが巻き起こる。世界中の人々が、世界の町や村を訪れる。そして地球的規模の観光と交流の果てに、人々が到達する結論は…。
 この地上に爆弾を落としていい場所はどこにもない! 戦渦に巻き込まれていい土地はどこにもない! 蔑(さげす)んでいい人間などどこにもいない!
 僕は観光の可能性を信じる。観光というフィルターを通して、人間と地球を見つめ、平和のための営みを積み重ねていきたい。

〔合陽(ごうよう)〕背骨の両側から脚のうしろ側中央を降りる膀胱経第51穴。
 取穴:膝うら中央の下3寸。膝から外くるぶしの頂点までを1尺6寸とする。
治効:脚の倦怠感や坐骨神経痛に。足取り軽く観光を楽しむお勧めのツボ!

《作者から一言》 平成19年10月31日の午後、私は1時間半だけ和歌山大学経済学部観光学科の学生となりました。といっても観光学科の特別講義を聴講(盗講?)させて頂いただけです。読売新聞和歌山支局の古谷禎一支局長の講義でした。お話に触発されて私が決意したのは観光ボランティアの修行を始めよう、ということ。とりあえずふるさと和歌山市の名所・和歌山城についてしっかり勉強して、観光客をご案内申し上げたい。幸い私には腹話術という武器がある。人形と二人三脚の異色の観光語り部としてデビューしようか…。 
 和歌山大学経済学部観光学科は平成20年度から観光学部への昇格が決まっている。(宮本)



上は合陽の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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