漢方つぼ物語  (102)
経《けい》 渠《きょ》

  「もしもーし、サンタクロースです! お留守のようなのでプレゼントを置いて行きます。メリー・クリスマス!」
家の電話を転送している携帯電話にS君の快活なメッセージが入っていた。彼はとびっきり愉快な友人で、節分には鬼になって豆をぶつけられにも来る。   
そのメッセージを受信したとき、私は喪主として母の通夜の席に立っていた。平成19年12月22日土曜日の午後零時45分、母は急逝した。

     ***

大正12年の亥年に台湾総督府の官僚の一男三女の次女として生まれた母とそのきょうだいたちは、幼くして父母を亡くしたために離ればなれに育った。晩年になって共に夫を見送った一番上の姉とその妹である母とが大阪で一緒に暮らす年月を持てたのは幸せだったと思う。しかし持病の糖尿病のために徐々に視力を失っていった母は数年前に和歌山に帰り、万葉の歌で知られる和歌の浦の特別養護老人ホームにお世話になっていた。ここ最近は身体を自由に動かすことも困難になったが頭はしっかりしていた。私が会いに行くたびに嬉しそうな顔をして迎えた。母のお世話をしてくれている寮母さん達は笑って言った。
「しょぼくれていても息子さんの顔を見るといっぺんに元気になるね。」

     ***

亡くなる2,3年前くらいから尿路の炎症で発熱を起こすことが時折あった。寝た姿勢が続くと血液循環が悪くなり炎症を起こしやすくなるのだ。それでも食欲は十分あって三度三度の食事をおいしそうに平らげた。ある日の晩、面会に訪れた私に、
「今日の晩ご飯のおかずのかしわ(=鶏肉)、ほんまにええ味付けやった。」
と笑顔で言うのを聞いて嬉しかった。食べる楽しみがまだあることに、そしてその楽しみを満たしてくれる食事が提供してもらえていることに…。その次に面会に行ったとき、たまたま玄関のところで会った調理の職員の方に思わず私はお礼を言った。
 「母がいつもおいしく食事を頂いています。本当に有難うございます。」
 それだけに食事をのどに詰まらせたのを機に、ミキサー食、すなわちすべての食べ物を軟らかくペースト状にした食事に切り替わったときにはかわいそうでならなかった。それでも母は言った。
「これ、結構おいしいんよ。」

     ***

亡くなる数日前に、とうとうそのミキサー食でさえ飲み下しにくくなった。のどに滞っているものを鼻から通した管で吸い取るのを母は極度にいやがった。
主治医の先生は、このままでは栄養の摂取が困難であるからと、鼻から胃へ管を通して栄養を送る方法、もしくは腹部に孔を開けて胃に管を通し直接栄養を送る方法があることを詳しく説明した。主任看護師は、母が延命措置を拒む意志を強く表明していたことを思い起こさせてくれ、家族でよく話し合うようにアドバイスした。栄養を胃に直接送ることは確かに延命措置の始まりであると思われた。私ども家族は大いに迷った。老人施設に勤務する妻の妹は言った。
「これはどちらを選んでも後悔する選択よ。延命措置をして、からだを管だらけにして人間と思われないような姿になっていくのを見るのも辛いし、延命措置を施さずに死を迎えた場合も『ああもっと永く生きさせてやれたのに』と悔いることになる。」
まことにその通りで、どちらにしても後悔するのを覚悟で、私達は母を自然な形で看取ることを選び、そのための書類を用意した。
母の容態が急変したのは、まさにそんな時だった。

     ***
土曜・日曜・振替休日と続く三連休の初日は、おりしも冬至。冷たい雨が降っていた。連絡を受けて駆けつけたとき、母は既に事切れていた。胃に栄養が送られなければ日に日にやせ衰えていくだろう。それを見るのは辛いな、との予測は看取りの決断を鈍らせていたが、息子のそんな迷いを吹っ切るように母は突然その命を終えた。潔く、しかも私や妻になるたけ辛い思いをさせまいとする優しさに満ちた死にようであると思われた。年末の、しかも三連休の初日に亡くなったことも、ひとさまにご迷惑をお掛けしないようにとの母の思いが感じられた。実際、ほとんど誰にも知られずに親族だけで葬儀を済ますことができたのだ。母を乗せた寝台車が数年間お世話になった老人ホームを後にするとき、出勤していた職員の皆さんが整列して見送ってくれた。涙を押しとどめることができなかった。惜別の想いを込めて、次の数句を作った。

亥年生まれの 母逝きませり 亥歳暮れ
息子(こ)の迷い 断ち切る如く 母が逝く
もうええやろ しあわせになと 母が逝く
線香の ただ真っ直ぐに 燃え尽きぬ
法名は明法院釋尼滋香(みょうほういんしゃくにじこう)、行年84歳だった。

〔経渠(けいきょ)〕鎖骨の下から手の親指に至る手の太陰肺経8番目のツボ。
取穴:手首の掌側で親指側の際から1寸(親指の横幅)、肘の方へ上った位置。
治効:風邪、喘息、胸痛の他、食物を飲み下し難いとき(=嚥下困難)に。

《作者から一言》 死の2日前のこと、脈を診ようと母の腕を引き寄せて経渠のツボあたりに指を当てようとしたたき、母は「冷やっこいな!」と言って私の手を払いのけました。寒い戸外から来た私の手は冷え切っていたのでしょう。「冷やっこいな!」の一言が、母から私への最期の言葉となりました。孝養を尽くせなかった息子としては、まるで「冷たい子や」と言われているような思いがして、忸怩(じくじ)たるものがあります。(宮本)



上は経渠の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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