漢方つぼ物語  (103)
天《てん》 枢《すう》
〈 銀婚式記念作品 〉

恥ずかしながら1月31日は私ども夫婦の結婚記念日である。昭和58年にゴールインしたから平成20年の今年は満25年、世に言う「銀婚」を迎えたことになる。結婚当初、一つの口約束をした。曰く、
「結婚指輪は0.25カラットのつつましいダイヤモンドしかあげられなかったけど、しっかり稼いで25年後の銀婚式には25カラット(ありえない!)のをプレゼントするからね!」
参考までに申し上げると、妻は4月生まれ。誕生石はダイヤなのである。
この大風呂敷が決して実現しない兆候は早くも結婚十周年の記念日にあった。
宝石屋さんの陰謀で「十周年には“スィートテン・ダイヤモンド”を!」という宣伝文句が知られている。ダイヤを十個連ねた宝飾品を結婚十周年に贈りましょう、というキャンペーンなのである。できればそうしたい、と一応は思った。そして財布の中を覗いてみた。千円札が三枚しかなかった。そこで、私はおそるおそる妻に提案した。
「スィートテン・ダイヤモンドに代えて禁煙するというのはどうだろうか?」
妻は応えた。
「それがいい。ダイヤよりそれのほうがずっといい!」
因みに妻はその後、そりゃダイヤの方がうれしいけど、とつぶやいてもいる。
 結婚十周年はそんなわけで私に禁煙をもたらし、その勢いで結婚二十周年にはさらに禁欲シリーズを発展させて、禁酒まで断行してしまった!

     ***

そして迎えた銀婚というわけである。禁酒禁煙にもかかわらず、私の財布の中身は25カラットのダイヤを購入するには充分でなかった。しかしこの大きな節目になんにもなしというわけにはいかない。私どもは奮発してお気に入りの和風割烹で一人前五千円也のお任せコース料理を味わいながら、四半世紀の来し方をねぎらい合うことにした。こども等に留守番をさせて二人だけで、だ。さすがに気がとがめたので、子等には前もって寿司折りを用意した。午後6時30分、私の運転する車が料理屋の前に到着したまさにその時、私の携帯電話に下の娘からコールが。
「お父さん、お母さん、今どこ?お仕事?ご飯食べずに帰って来てよ!私、今晩お祝いの料理を作るから!お仕事済ませてゆっくり帰って来てね。」

     ***

いやはや“天網恢々(てんもうかいかい)疎にして喪(うしな)わず”とはよく言ったものだ。困ったことになったぞ、と私どもは顔を見合わせた。結局、ことの次第を店の人に正直に打ち明けた。店の人はこう言ってくれた。
「順にお出しする料理のうち、おなかがふくれそうなものを横によけておいて下さい。お帰り掛けに、お持ち帰り頂けるようにお包み致しますから。」
とはいってもこの店の料理、めっぽうおいしくて、私はとうとう、どれ一つ「横によけ」ることができずに、腹に収めてしまった。妻はかろうじて天ぷらと芋の煮物だけを持ち帰りとした。私はおへその両横の「天枢(てんすう)」のツボを密かに刺激しながら、「もう一つのフルコース」に備えたのだった。

     ***

その夜、高校2年生の次女の銀婚祝賀料理は贅を極めた。メインディッシュはパンプキンシチュー、それにペンネグラタンが加わり、更にアスパラガス・三度豆・ブロッコリー入りのグリーンサラダが添えられるという三つ星クラスの絶品、のハズであったが一つ、思いがけない不都合が生じた。ほんのちょっと前まで一人で全部食べたいほどいい味だった、と娘は言うのだが、わずかの油断が悲劇をもたらした。焦がしてしまったのだ! おまけに鍋底のお焦げをかき混ぜてしまったから強烈な焦げ味がシチュー全体に広がった。特上の食材には申し分なく火が通り、極上の味に仕上がっていたのに、残念至極である。しかしながら、初めての娘の手作り料理に私ども夫婦は深く感銘した。
プレゼントはこれだけではなかった。娘は妻にはチューリップの鉢植え、私には2冊の本を贈り物として用意してくれていた。チューリップが妻の好きな花であることは言うまでもないが、二冊の本もまた私が娘に漏らした一言を聞き逃さずに選んでくれたものなのだ。
「お父さんね、もうすぐあんたの学校の卒業式でPTA会長としてお祝いの挨拶をするのだけれど、聖徳太子と福沢諭吉のお話をしようと思ってるんよ。」
それに対して娘は、どっちも一万円札の顔やなあ、とつぶやいた。私はなるほどそういえば一万円札コンビだ、といたく感心した。娘がくれた2冊の本とは、一冊が聖徳太子の寺・法隆寺を取り上げたもの、もう一冊は日本の偉人シリーズの中の福沢諭吉の号であった。ひとりよがりにプレゼントを選ぶのではなく相手の希望や関心を見極めて一番喜ぶものを贈ろうとする娘の成長こそが、銀婚を迎えた私ども夫婦にとって最大の、そして望外の喜びであった。

〔天枢(てんすう)〕顔面から足先に行く胃の経絡の奇しくも25番目のツボ。
取穴: おへそは神闕(しんけつ)という名のツボで、その左右2寸の位置。
治効: 胃のもたれ・消化不良、食べ過ぎ・飲み過ぎの他、慢性の胃腸病に。

《作者から一言》 今回の漢方つぼ物語は銀婚式の夜に起こったありのままのドキュメントでした。次回は卒業式でのPTA会長祝辞をご披露します。(宮本)

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上は銀婚祝賀料理3点と天枢の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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