漢方つぼ物語  (109)
乳 根(にゅうこん)
〈だいじょうぶ、ボクおぼえているから…〉

 テレビの健康番組で乳ガンの早期発見を取り上げていた。よし一度じっくりセルフ・チェックをしてみよう、と思い立ったのはそんなきっかけだった。  それほど深刻に考えてのことではなかった。徹底してやるなら病院へ行けばよいのだ。そして、なによりも私の夫は勤務医、お医者様なのだから…。  両手の指で乳房全体を触れてみる。まずはおおざっぱに。そのあと、今度は慎重に点検する。畳の上に落としたコンタクトレンズを探すみたいに…。  ああ、そういえばそんなことがあった。大学時代に体育館でバレーボールの練習をしていて、コンタクトレンズをなくしたのだった。一緒にいたみんなが一生懸命探してくれた。そのうちコンタクトレンズはなんと上まぶたの隅っこから出てきたのだ。恥ずかしいやら、申し訳ないやら…。
 右手の中指が小さなしこりを見つけたのは、そんな懐かしい想い出に浸っていたときだった。それは、米粒にも満たない小さなしこりだった。痛みは全くなかった。

***

 「よく発見されましたね。」
 外科の医師はまずはそういってほめてくれた。
 「たいへん小さなしこりですが、念のために詳しく検査しておきましょう。」
 数日後、検査の結果を聞きに行く日の朝、少し不安がよぎった。私は内科医である夫に甘えるように尋ねた。
 「たいしたことないよね。」
 夫はしばし無言で何か考えているようだったが、やがてこういった。
 「そう祈るよ。」

***

 「まことに申し上げにくいのですが、検査の結果、案外進行した悪性腫瘍であることが判明しました。」
 私はつとめて平静を装いながら言った。
 「癌なのですね。」
 「はい。保存的手術も可能ですが、決心がつかれるなら右乳房を全摘されることをお勧めします。ご主人ともよくご相談なさった上で…。」
 右の乳房をかばうような姿勢で、私は診察室をあとにした。

***

 「お医者様の妻が手術でお乳を取ってしまわなくちゃならないなんて不名誉なことでごめんなさい。」
 私は冗談めかして言ったが、少し声が震えているのが自分でもわかった。
 「いや、謝らなくちゃいけないのは僕のほうだ。もっと気をつけていてあげればよかった…。」
 私は乳房を全摘する決心がついていた。夫は私の気持ちが決まっていることを知って、そのことに賛成してくれた。

 ***

 手術の日が来た。予定通りの時間で手術は順調になされた。十分に決心ができているつもりだったのに、麻酔が覚めたとき、私は泣いてしまった。でも、泣いたのはこのとき一度きりだった。
 退院の日が近づくにつれて、私の心にひとつの不安がふくらんできた。夫は医師であるからよく理解してくれるだろう。しかし、私には来年小学校に入学する一人息子がいるのだ。あの子は片方のおっぱいがなくなった私を見てどう思うだろう。驚き悲しむだろうか。がっかりするだろうか…。

 ***

 やがて運命の日はやってきた。手術後、はじめて息子とお風呂に入る日が。息子は私の胸からそれとなく目をそらせているようにも感じる。私は、わざとおどけて言った。
 「ごめんね! ママ、おっぱい一つなくしちゃった。」
 そのとき息子が言ったことばを、私はけっして忘れないだろう。
 「ママ、だいじょうぶだよ。ボク、ママがおっぱい二つあったときのこと、しっかりおぼえているから。だからへいきだよ!」
 優しいそのことばがうれしくて、ぽろぽろと涙があふれてきた。泣いているところを息子に見られまいと、両手でお湯をすくって何度も顔を洗った。
 「ママ、どうしたの? なんべんもおかおをあらったりして。」
 「ママね、おっぱいがなくなった分、べっぴんさんになろうと思って…。」
 浴室に、息子と私の笑い声がエコーしていた…。

〔乳根(にゅうこん)〕顔面から胸腹部を通り足先に至る胃経の18番目のツボ。
 取穴:乳首(第4肋間=第4・5肋骨間)の真下で第5肋間にある。
 治効:お乳の出具合の調節や、肋間神経痛・乳腺炎の痛みの緩和に。

《作者から一言》今回の物語は実話です。私の高校時代の同級生から、じかにおききしたのです。当時6歳の息子さんの言葉に深い感銘を受けて、永く温めていました。乳房は、それがなくなってもなお、母と子の絆なのですね。(宮本)



上は乳根の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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