漢方つぼ物語  (110)
角 孫(かくそん)

〈 袋小路のユートピア〜夢破れて家業あり〜〉

 キャリア・ファシリテーター協会はジョブ・カフェの運営等を通じて若者の就労支援の分野でめざましい活動をされている意欲的な組織であると承知致しております。その創立2周年記念セミナーに私の如き市井の小市民へ基調講演を依頼されたことは、輝かしい協会の歴史の汚点となりはしないかと心配です。

 私は親から引き継いだ小さな漢方治療院を経営する鍼灸マッサージ師です。「東洋医学コンサルタント」という肩書も、訪れる方々の心の支えになれる治療家でありたいとの気持ちを表現したもので、決してそんな確立した資格があるわけではないのです。
治療院は父母の代からの家業で、私は当初その家業を継ごうとは思っておりませんでした。私には一つの夢がありました。裁判官になりたい、という夢です。法と良心のみに基づいて裁きを下す裁判官の仕事は自分にとって理想の天職であると思えたのでした。
裁判官・検察官・弁護士になるためには司法試験という難しい試験に合格しなければなりません。都心の私立大学法学部を卒業後も六法全書と格闘し続ける私に、父がこう言いました。
「気が済むまで夢を追い求めればよいが、わしにもしものことがあったときに、さしあたりメシが食えるように、家の仕事の資格だけ取っておいてはどうか。」
 蓄えのない身であるが故に、もっともな提言であると納得した私は3年制の鍼灸マッサージの専門学校に通い始めました。
2年であん摩マッサージ指圧の免許を得たところで、にわかに私は焦って参りました。こんなことをしていては本来の夢から遠ざかってしまう、もう一度上京して法律の勉強に本腰を入れよう!
荷物をまとめ、いよいよ東京へ向かおうとした朝、母が言いました。
「どうか法律家になるのは断念して家業を継いでほしい。今朝方、夢を見た。何度挑戦しても司法試験に受からず悲観して自分の命を絶ってしまう夢を…。」
泣きすがる母の手をふりほどくことができませんでした。私は荷を解きました。

***

 本日の演題の「袋小路のユートピア」とは青春の夢破れ行き場を失った私がどん詰まりで選ばざるを得なかった仕事である家業の治療院に、からかい半分で名付けたニックネームです。現実に私の治療院は袋小路の一番奥に位置しています。その意味と同時に、「どうしても解決しない心身のわずらいが、こんな袋小路の目立たない治療院で思いがけず全快した」といって頂けるような実力を備えた治療師になるのだ、との心意気をもあらわしています。
 さてそんな経緯で就いた仕事ですが、これが私にはピッタリの仕事でした。毎日が楽しくて仕方がありません。たとえて言いますと、政略結婚でむりやり押しつけられた配偶者がまさに自分にとって運命の人であった、というような実感です。
 第一この仕事には敵がありません。私を慕ってお越し下さる皆様がお楽になるように「工夫と努力」をしてさえいればよいのです。あの朝、母に逆らってでも自分の夢を貫き通さなかった理由が今、はっきりと見えてまいりました。法律で人を裁く仕事に実のところ、気が進まなかったのだと思います。磨いた技術と楽しい語らいで人の心身をほぐす仕事の方がはるかに自分に向いていることを、どこか心の奥底で感じ取っていたのでしょう。
 第二に、この仕事はこれから社会的により一層大きな評価を得ることのできる仕事だと自負しています。すでに評価の確立した職業よりも自分たちの力で評価を高めていける仕事のほうが、ずっとやりがいがあるというものです。

***

 幼いときの記憶がよみがえります。お茶の間でテレビの漫才を見ています。その滑稽な仕草と絶妙のギャグに大笑いしながら、私は母に尋ねます。
「面白いなあ。そやけど、こんなお笑いなんか恥ずかしい仕事やでなあ?」
すると、母は真顔でこう答えたのです。
「そんなことはない。人を楽しませることは立派な仕事や。人の上に立つ仕事ばかりが偉いんと違うで。」
もしこのとき、母が、
「そうや、どんどん出世して、人に見上げられるようにならなあかんで!」
と答えていたら、私の人生は少なからず変わっていたのではないでしょうか。世間的にはもっと見栄えのする地位についていたかも知れません。でも、その場合、今の私ほど心豊かで実り多い人生を歩めたかどうか疑問です。
 仕事は、まずもって自分自身の本性を偽らない、魂を安んずることのできるものであるべきだ! 私は今、そう申し上げたい気持ちでいっぱいです。
〈平成20年10月13日 和歌山ビッグ愛にて〉

〔角孫(かくそん)〕手の甲側中心線から肩・顔面にめぐる三焦経の第20穴。
 取穴:耳をタテに二つ折りし、そのてっぺんが髪の生え際にあたる処にとる。
 治効:眼や頭の疲れや心身のストレスに起因する後頸部のこりを緩めるツボ。

《作者から一言》 治療師としての「工夫と努力」の一端が「角孫穴」です。
眼球周辺のツボやコメカミ・額の隅から側頭部の髪の生え際の一連のツボと共に、左右のアンバランスな首のこりを整えるのに絶大な効果があります。
その効果はホテル和歌山東急インの客室マッサージで実証済みです。(宮本)



上は角孫の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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