漢方つぼ物語  (114)
手 三 里(てさんり)


〈石川県立明和養護学校・山元加津子先生のお話〉

 それはもう20数年前、私が養護学校に勤め始めて間もない頃のお話です。きいちゃんという女の子がいました。3歳の時、高い熱のでる病気にかかり、手足が不自由になってしまいました。移動は車椅子で、手も動かしにくい状態でした。引っ込み思案で、「どうせ私なんか…」というのがいつもの口癖でした。
 そんなきいちゃんが、ある朝、頬を紅潮させて職員室に飛び込んできました。
「先生、私のお姉さんが結婚するの。私も結婚式に出席するんだよ。結婚式ってどんなかなあ!」
 いつになく笑顔いっぱいで報告するきいちゃんに私まで嬉しくなりました。
 …ところが、それから数日後、きいちゃんの姿が見えないので探していると、教室の片隅でしくしく泣いているのです。
「お母さんが私に『結婚式に出ないで』っていうの。私が恥ずかしいんだわ。お姉ちゃんばっかり可愛くて、私のことは可愛くないのよ。私なんか生まなきゃよかったのに…」
 でもきいちゃんのお母さんはけっしてそんな方ではなかったんです。学校の参観などには片道4時間もかけて必ず参加されていました。
(お姉さんが、相手のおうちの方に対して肩身の狭い思いをさせないようにとのお考えなのかもしれない。―それとも結婚式に出席することで、きいちゃん自身が嫌な思いをするかもしれないと心配しておられるのかも…)
 声を上げて泣き続けるきいちゃんに私は言いました。
「結婚式に出られなくてもいいじゃない。それよりお姉さんになにかお祝いのプレゼントを作ろう! そうだ、さらしの布を夕日の色に染めて、浴衣を縫ってプレゼントしようよ。」
 練習用の布で縫うおけいこを始めました。きいちゃんは手が思うように動かないので、何度も指の先を針で突いて、みるみるうちに布は血で真っ赤になりました。私は浴衣を縫おうと言い出したことを後悔していました。
「ごめん、ごめん。もう止めよう!」
 でもきいちゃんは縫うことを止めようとしませんでした。何度も何度も練習しているうちに段々上手になってきました。私は(ある程度きいちゃんが縫ったら後は私が仕上げてあげよう、ミシンだってあるし)って思っていたのですが、きいちゃんは何ヶ月もかけて、とうとう浴衣を縫い上げてしまったのです!そしてお姉さんに浴衣をプレゼントした2日後、お姉さんから私に電話がかかってきました。きいちゃんと一緒に、結婚式に出席して欲しいというのです。
 どうしたものかと、きいちゃんのお母さんに相談するとお返事は、
「言いだしたらきかない娘なので、どうか出席してやってください。」
 そんなわけで、きいちゃんと一緒に結婚式に出席することになりました。

***

 結婚式は華やかで、ご馳走がいっぱい並べられていました。でも車椅子姿のきいちゃんを見て、まわりの人たちがひそひそ話をするのが耳に入ってきます。
「あら、あんなご身内がいるのね。」
「最後には、だれがお世話をするのかしら。」
「あんな子が、また生まれるんじゃないのかしら。」
 当然きいちゃんの耳にも入っているのでしょう、きいちゃんは、せっかくのご馳走を、「食べたくない」と言いました。

***

 その時です。お色直しをすませた新郎新婦が入場してきました。きいちゃんのお姉さんは、夕日の色の浴衣を着ていました! そして二人で正面に並んで、きいちゃんと私を呼んでくれました。
「みなさん、この浴衣は私の妹が私のために縫ってくれました。妹は幼いとき熱病を患い、手と足が不自由になりました。その妹が一生懸命縫ってくれたんです。今、高校生で浴衣の縫える人が何人いるでしょうか。妹は私の誇りです!」
 誰からともなく拍手がわき起こり、拍手は次第に大きくなりました。
「浴衣ってどうやって縫うの? 今度おしえてね。」
「お姉さんと一緒にうちに遊びに来てね。」
 おおぜいの人に声をかけられて、きいちゃんは少し恥ずかしそうだったけれど、とても嬉しそうでした。

***

 結婚式から暫くして、きいちゃんのお母さんが私にお礼を言ってくれました。
「私はなにもしていません。」
 私がそう言うと、お母さんは言われました。
「いいえ、あの子が…あの子が私に言ってくれたんです。『お母さん、私を生んでくれてありがとう。』って!」

〔手三里(てさんり)〕人差し指の先から腕の親指側を上る大腸経の第10穴。
 取穴:手首の親指側から肘に至る線上で、肘から5分の1下がった処に取る。
 治効:手や腕の使いいためや神経痛に。裁縫仕事の疲れに、ぴったりのツボ。

《作者から一言》山元加津子先生は養護学校で接する子ども達を心から愛しておられます。感動のあまり、つぼ物語にもご登場願いました。(宮本)



上は手三里の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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