漢方つぼ物語  (121)
労 宮(ろうきゅう)

〈覚醒剤事件に寄せて〉

 姑とテレビを見ていた。アイドルタレントとその夫の覚醒剤所持・使用容疑の事件を連日、報道している。私は思わず憤慨を込めて言った。
 「一番許せないのはこどもに対してよ。家族旅行に行ったときに『今回だけは吸わないでおこう』と夫婦で誓い合ったというのに、それも守れなかったなんて、親としても人間としても失格だわ! ねえ、おかあさん。」
 すぐに同調してくれると思っていた。ところが…しばらく私の目を見つめていた姑は驚くべきことに、自身の「覚醒剤体験」を語り始めたのだ。

 ***

 「戦後間もない頃、私ども夫婦が駅前で寿司屋をしていたことは知っているわよね。その当時、今でいう覚醒剤は薬局で売っていたのよ。“ヒロポン”という名前でね。私、つい最近まで“疲労をポンと取る”からヒロポンだと思い込んでいたのだけど、それは冗談で、“労働を愛する”という意味のギリシア語からきているのだとテレビで言っていたわ。ここで重要なことは、そのころは誰でも普通に薬屋さんで覚醒剤が買えた、ということなの。やがて中毒症状が社会問題となって、昭和26年に覚せい剤取締法で禁止されるようになるまではね。で、ある日のこと、大量の仕出しの注文が入ったの。それは私とお父さんで徹夜すればなんとか仕上げられるくらいの、いつになく大きな注文だった。最初、(これはちょっとムリ)と思った。でもその次に思ったのは(頑張ってこの注文をこなしたら、こども達になにかいいもの買ってやれるのにねえ)って。そこで…」
 私は思わず口を出した。
 「ヒロポンの助けを借りた?」
 「そうなの。もうその頃にはぼつぼつ中毒性が問題にされ始めていたから、『どんなことがあっても、一回きりにしようね』って二人で堅く誓い合って。」
 「で、どんな感じだったの?」
 「今風に言うならもう“ルンルン”ってとこね。なんかわけもなく楽しい気分になって、鼻歌交じりで仕事に精を出しているうちに、予想よりもずいぶん早く、午前2時には仕上がっちゃったのよ。」
 「すごい! そんなに効くんだ。」
 「ただし、その後がたいへん。ヒロポンは疲労がポンと消え失せる薬であるとともに、ごまかしていた疲労が何倍にもなってポンポン押し寄せる危険な薬でもあったのね。二人同時に『できたー!』って叫んだとたんに、ものも言えないぐらいのけだるさを感じた。(ああ、もう一回、ヒロポンを注射したら、また楽しい気分になれるのに! もう一回、もう一回だけ…)」
 私は姑の話にドキドキしてきた。
 「で、どうなさったの? もう一回だけ、ヒロポンを?」
 「もしもあの時に、誘惑に負けて『もう一回だけ』ヒロポンを打っていたら、あなたにお嫁には来てもらえなかったと思う。それはほとんど確信を持って言えるわ。なぜって、たった一回打って、『もう一回』の誘惑を払いのけるのに、あんなに強い意志が必要だったのよ。二回、三回と重なっていたら自分の意志では絶対にやめることは出来なかったと思う。『つらいけれども、ここはなんとしても誘惑に打ち勝ちましょう。そうでないとこども達を育ててやれなくなってしまう!』こどもになにかおいしいものを食べさせてやりたい、いつもよりいい服を着せてやりたい、そう思って引き受けた仕事がきっかけで、ヒロポン中毒になったりしたら、元も子もなくしてしまう。そう必死で励まし合って、覚醒剤体験を一度だけで終わらせることが出来たの。」
 私、姑のなまなましい体験談をきいて、思わず拍手してしまった。
 「おかあさん、よくぞそこで踏ん張って頂きましたね。それでわかったわ。あのアイドルタレントは、覚醒剤を常習して、いくらこどものためと思っても、もはや自分でコントロールすることが不可能なくらいの依存症に陥っていたのね、きっと。」

 ***

 テレビは保釈されたタレントが謝罪する様子を映し出している。あまりにも流暢な物言いはかえって心がこもっていないようにも聞こえるが、それは女優であるがゆえの性(さが)なのだろうか。目にためた涙が、本物であると信じたい。
 彼女は依存症の治療のために入院するという。それは再出発の最も正しい第一歩であるに違いない。失ったものの大きさを噛みしめて、同じ挫折から立ちなおろうともがいている人々を力づけるような立派な再起をしてほしいと願う。挫折のない人生なんかないのだから…。

〔労宮(ろうきゅう)〕体全体の微妙な調整に働く心包経9穴中の8番目の穴。
 取穴:てのひらの真ん中。手を握ったとき掌に触れる中指と薬指の指先の間。
 治効:イライラをしずめる。覚醒剤の禁断症状をやわらげる手助けになるか。

《作者から一言》今回のつぼ物語にもモデルがあります。それは2年前にこの世を去った私の生母です。私が生まれたとき、両親は和歌山市の繁華街で小さな寿司屋を営んでいたのです。「覚醒剤」という言葉を耳にする度に、亡母から一度だけきいたこのエピソードが、耳元にあざやかによみがえります。(宮本)



上は労宮の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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