漢方つぼ物語  (122)
腎 兪(じんゆ)

〈心を寄せる〉

 則子は嫌悪感で胸をくすぶらせていた。夫の父親が自分よりはるかに年下のバツイチ・子持ちの女と交際をしているとの情報は、くだんの義父が経営している洋品店の店長からもたらされた。
 「ほら、半年ほど前まで店に勤めてた、あの子です。腰痛がだんだんひどくなって医者に診せたら、椎間板ヘルニアで手術するのが一番手っ取り早いが、数ヶ月治療すれば手術しないで治る可能性がある、って言われて通院中なんです。なにかと相談に乗っている内に、そんな仲になっちゃったみたい。もう、オーナーったら、いくら男やもめの身だからって、亡くなった奥様を裏切って…」
 店長の言葉で則子は9年前に他界した姑・良子の記憶を呼び覚ました。世に“嫁姑は仇(かたき)の宿命”などというが、則子は姑の良子について、いい想い出しか残っていない。それほどに良くできた姑だったのだ。そしてそれは店の従業員に対しても同様で、それゆえにオーナーの火遊びに向けての店長の憤りは収まらないのであった。

 ***

 オーナーの清吉は決して好色な男なのではない。旅先で遊興の女と戯れることが一度もなかったとは言えないが、旅行そのものが滅多に出来ないほど仕事に打ち込んでいた。忙しくて浮気などするひまがなかった、というのが真実であった。そんな清吉に妻の良子も内助の功を存分に発揮し、店は県内でもその名を知られるほどの大店(おおだな)に発展した。積み重なった過労で、良子が難病の床に伏したとき、清吉は初めてこの伴侶に負わせていた、そしてけなげにそれを果たしていた過重な負担に思い至ったのだった。そんな次第であるから、良子の死後も清吉は供養を怠らなかった。それにもかかわらず元従業員の女に深入りしたのは、子育てと闘病にもがく姿に哀れを感じたのに加えて、このシングルマザーが父親との縁が薄く、はるかに年長の男性に惹かれやすい性質をもっているせいでもあった。単に経済的援助を求めただけではない“情”のようなものを、清吉は感じていた。

 ***

 「おやじ、ドジ踏んだなあ。どうせなら、ばれんようにせにゃ。で、おやじ、その女といっしょに住みたいのか?」
 清吉の一人息子の秀一は苦笑しながら言った。
 「とんでもない! 一緒に住む気もなけりゃ、わしの子を産ませる気も毛頭ない。当座の援助をしてやっているだけのことだ。」
 清吉がそう言うと、秀一は少し表情を緩ませた。
 「でも、おやじは時々、のめり込むところがあるから、安心できん。」
 それは清吉がかつて自社ブランドの製品開発で見せたねばり強さを指していた。(そりゃ、わしがあと30才若ければ、のめり込むかもしれん)と、清吉は心の中で思った。
 良子が逝った直後、秀一は清吉に、同居を提案した。則子も、
 「お義父(とう)さん、一人じゃ寂しいわよ。孫と楽しく暮らしましょうよ。」
 と、笑顔で言ってくれた。それは心底嬉しかったが、同居すれば自分のわがままも出る。同居して息子夫婦とうまくいかなくなれば、それはひとりぼっちでいるより辛いことだ。そう考えて、清吉は独居を選んだのだった。

***

 仏壇の前に座ってリンを鳴らした時、則子はふと、姑が亡くなって少し後に義父がもらしたある告白を思い起こした。
 「スーパーで、自分一人の食材を買ってレジに並んでいたんだ。そのときに、(がむしゃらに働いてきて晩年にこんな目に遭わねばならんとは)と思うと、にわかに情けなくなって、ぽろぽろと涙が出てきた。その涙をレジの子に見られたくなくて、かごの中のものを全部返して手ぶらで家に帰ってきてしまった…」
 やはり義父は寂しかったのだ、とつくづく思った。その寂しさにつけいって経済的援助を得ている元従業員に釈然としないものはなおあったが、それよりも、伴侶を亡くしてからの義父の心の寂しさを、自分は息子の嫁として、どれほどわかってあげただろうか、と今更ながらに思った。その寂しさ、侘びしさに、十分に寄り添ってあげられなかった自分に気付いたのだった。
 「お姑(かあ)さん、お義父さんのこと、ゆるせないだろうけど、ちょっとだけ大目に見てあげてね。」
 姑の写真は、生前の姿そのままに、優しげなほほえみを満面にたたえているばかりだ…。

〔腎兪(じんゆ)〕冷えを除き老化を防ぐ腎の背部兪穴。膀胱経上にある。
 取穴:ほぼヘソの真裏に命門(めいもん)のツボ。その左右指2本分外方。
 治効:腰痛に効く。くだんの女性の腰痛がなければコトは起こらなかった…。

《作者から一言》平成21年度から盲学校の経穴(けいけつ=ツボ)の教科書が一新しました。近年、ツボの世界標準が定まったのを受けて、その内容を取り入れたのです。写真は去年までの教科書と新しい教科書(右)です。(宮本)



上は経穴新旧教科書と腎兪の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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