漢方つぼ物語  (123)
足三里(あしさんり)

〈 自分で出来るツボ健康法 〉

 ツボの名前に最も多く使われている漢字は何でしょう?
 正解は「兪」という漢字で、「ユ」と読みます。現在、世界標準で361のツボが正規の経穴とされていますが、そのうち24穴にこの字が使われています。あまり見慣れない漢字ですが、くるまヘンをつけると輸送の「輸」という字になります。また、下に「心」を付けてやまいダレで包むと治癒の「癒」という字になりますよね。
「兪」とは「はこぶ」と「いやす」の二つの意味を併せ持つ漢字です。すなわち生命エネルギーを「はこぶ」ことで病を「いやす」のが、ツボの働きであることを表しています。
 ツボに用いられる漢字のナンバー2は「門」。361の正穴のうち22のツボにこの漢字が使われています。門は出入り口です。生命エネルギーの通路である経絡を川にたとえると、ツボは川の流水量を調節する水門であるということになります。
 「兪」も「門」も、ツボの働きを雄弁に物語る漢字と言うべきでしょう。

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 ツボの総論はそのくらいにして、今日は各論に進みましょう。漢方つぼの代表として紹介したいのは「足三里(あしさんり)」です。
俳聖・松尾芭蕉は「奥の細道」の冒頭の一節で「股引(ももひき)の破れをつづり、笠の緒付けかえて三里に灸すゆるより…」と記述しています。
芭蕉翁が旅立ったのは元禄2年(1689年)だと申しますから、このツボは三百年以上前から親しまれていたということになります。
 では足三里はどのような効き目のあるツボなのでしょうか?
 まずは足の疲れをやわらげる「健脚のツボ」であると考えられます。
 足三里はひざの少し下、足の向こうずねのやや外側にあります。向こうずねは「弁慶の泣き所」と言われ、皮膚の下にすぐ骨があって、ぶつけると弁慶も泣くくらい痛い場所です。その骨は「脛骨(けいこつ)」で、その外側の筋肉は「前脛骨筋(ぜん・けいこつきん)」です。足三里はこの前脛骨筋のモーター・ポイント、すなわちこの筋肉の伸縮運動の中心的役割を果たすツボなのです。この筋肉はふくらはぎの筋肉、「腓腹筋(ひふくきん)」と相まって、歩行時にもっぱら働く重要な筋肉。だから、すたこらさっさとひたすら歩く昔の旅には欠かせないツボであったというわけです。

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 昔の旅に必要であったのは「丈夫な脚(あし)」だけではありません。今一つ、重要なものがありました。それは「丈夫な胃袋」です。
 水道完備で冷蔵庫のある今と違って、衛生状態のよくない時代に長旅をするには、「食あたり・水あたり」つまり食中毒を起こさないことが大切。そのためには胃が十分な殺菌力を保っていなければなりません。加えて健康で旅を続けるためには、食べ物の消化吸収力が万全であることを要するのはもちろんです。ご安心下さい。足三里は胃の経絡に属するツボで「健胃のツボ」でもあるのです。足三里にハリを打つと、胃がピクピクと動いて患者さんがこう叫ぶことがしばしばです。
 「ああ、久し振りにお腹(なか)がすいてきたぞ!」
 飽食とストレス過剰の時代に胃は慢性疲労に陥り、空腹感を失っている人が多いのです。

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 さて、足三里の効用は健脚・健胃にとどまりません。もう二つ、特筆すべき効き目があります。
 その一つは現代人に多い「冷えのぼせ」を改善する効果です。このツボは上半身、とりわけ頭に偏った血液を下半身つまり足腰に引き下ろす効果が強いのです。デスクワークでパソコンと一日にらめっこしている運動不足のビジネスマンには毎日でもお灸をすえてほしい名穴です。
 そして今ひとつ、高齢化社会において意義深いのは「転倒予防」の効果です。
 転倒、すなわち「ころぶ」のには二つの類型があります。まずは「わずかの段差につまずいてころぶ」、次いで「前につんのめってころぶ」です。この二つの転び方には実は共通の要素があります。それは「つま先が上がらずに垂れている」ということなのです。わずかの段差でもつま先が垂れていると引っかかります。また、前につんのめったとき、人は反射的に一歩、足を前に出します。そのときに、つま先が垂れていると、「足が甲の方にめくれて」ころんでしまうのです。先に「足三里は前脛骨筋のモーター・ポイント」と申しました。その前脛骨筋はまさに「つま先を上げる」筋肉である、と申しあげれば、足三里を転倒防止のツボという意味がおわかり頂けるでしょう。
〈平成21年11月25日、「シニアリーダーカレッジ・和歌山」での講義から〉

〔足三里(あしさんり)〕顔面から胸腹を経て足に下る胃経45穴中の第36穴。
 取穴:膝小僧に引っかけた親指と直角に伸ばした中指の腹があたるところ。
 治効:健脚・健胃、冷えのぼせを除き転倒予防に有効な古今に有益な名穴。

《作者から一言》経穴の世界標準化の過程で、正規のツボが7穴追加されました。その結果、かつては1位だった「門」の付くツボが2位に退き、「兪」が1位となりました。(宮本)



上は足三里の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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