漢方つぼ物語(128)
懸顱(けんろ)

〈 卒業生保護者代表謝辞 〉

 平成15年3月。和歌山市立吹上小学校の卒業式は晴天に恵まれて、静かな感動のうちに式次第が進行、卒業生保護者代表の謝辞を残すばかりとなった。
 司会をつとめる布井教頭先生が「保護者代表謝辞」と述べると、会場の左右後方に座っていた卒業生の父母が一斉に起立した。前方下手で起立する教職員の前に進み出たのは宮本年起・惠子夫婦。次女の知佳が最終学年を迎えたこの年度に、母親の惠子が「学年代表」という役職をつとめていたことから大役を引き受けることになったのだ。
 夫婦での謝辞とは一見奇抜であるが、六十余名の卒業生の父親・母親の気持ちを二人で代弁したいとの意向からであった。

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 謝辞を代表して述べるようにと依頼を受けたとき、年起は思った。
(自分勝手な内容ではだめだ。保護者全員の思いを表現したい!)
 そこで保護者全員にアンケートを実施した。質問項目は次の3つとした。
 @お子さんの小学校生活をふり返って、親として最も印象深かったことは何ですか?
 A卒業式でどなたに、どんな点について、お礼を言いたいですか?
 Bその他、謝辞の中にぜひとも盛り込んでほしいことがあればどうぞ!
 3分の1くらい返信があればいいかな、と思って発したアンケートであった。ところが驚くべきことに、なんとほぼ全員から返事がかえってきたのだ! 中には書ききれずに、(うらへ続く→)と矢印をして、アンケート用紙の裏面にまで書き込んでいるものまであった。わが子の卒業式に保護者それぞれが深い感慨を胸に臨んでいることがひしひしと伝わり、年起は大きなやりがいを感じた。

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 アンケートに書き込まれた内容をできるだけ活かそうと勢い込んだせいで、謝辞は例年よりかなり長文となった。そして盛り込まれたエピソードは具体的でユニークなものであった。かくして、わが国教育史上まれに見る「夫婦での卒業生保護者代表謝辞朗読」は実現した。前もって許可を得ていたつもりであったが、夫婦でリハーサルに赴くと、教頭先生はびっくりされた。
「ほ、ほんとに夫婦でなさるのですか!?」

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 「人はこの世に生を受けるとき、両手に夢と希望を握りしめて生まれてくるのだと申します。そうであるなら、私どものこどもたちは今、握りしめた手を少しゆるめて、その手の中の夢と希望を、もう一度見つめ直す、そんな時期に達しているのかも知れません。…」
 謝辞はこのフレーズからスタートした。引き続いて、妻の惠子はアンケートの回答をふんだんに盛り込んだ「6年間の想い出」を次々と述べた。夏祭りの定番であった「お化け屋敷」を一新して、「ミラクルハウス」という名のファンタジックな出し物を演出したことや、6年生の夏、さまざまな困難をクリアーして保護者主催のキャンプファイアーを実現したことなど、忘れがたい想い出の一つひとつを反芻するかのように…。
 クライマックスは終盤にあった。一通り先生方へのお礼を申し述べたあと、夫婦はくるりと「回れ右」をした。会場前方上手の来賓席を向いたわけである。
「私どもは本日、来賓としてご臨席下さっております吹上地区の連合自治会長様、老人会長様、婦人会長様はじめ各種団体の代表の皆様を筆頭として、この地区のすべての住民の皆様に心からの感謝を捧げたく存じます。何かと不安の多い世相の中、登下校の子等を温かく見守り、お声を掛けて頂いたお陰で元気に巣立っていくことができます。長い間、ほんとうにお世話になりました。」
 「先生方や職員の方々にはもちろんだが、地区の皆さんにお礼を言いたい!」
これはアンケートの回答で多数を占めた要望だったのだ。
 今一つ、多くの保護者から寄せられたのは、校長先生に対するものであった。松本かずよ先生は、この子たちの入学と時を同じくしてこの小学校に赴任され、6年間ずっと校長としてエネルギッシュに活躍されてきた。その間、自ら率先して校内を季節の花で満たし、またこどもたちが広く世界に目を向けるべく、海外留学生を集会に招くなどアイデアいっぱいの取り組みを展開されたのだ。
 特別に捧げられたお礼の言葉に校長先生は驚き、感銘されたご様子であった。

***

 奉書にしたためられた謝辞は今も吹上小学校に保管されている。一見、通常の謝辞のようだが広げてみるとちょっと変わった特徴がある。赤と緑のシールが、ところどころに貼られているのだ。それは夫婦のそれぞれが、自分の読むパートを示した目印なのであった。そしてそれ以上に大きな特徴は、そこにはこの年に卒業した子等の保護者の、深い感謝と感慨がこもっていることである。

〔懸顱(けんろ)〕目尻〜側頭部を経て体側を下降、足の薬指に至る胆経第5穴。
 取穴:コメカミ付近。頭維(ずい)と曲鬢(きょくびん)の中点。図参考。
 治効:卒業・入学・就職など区切りの春の眠気をとりシャキッとさせるツボ。
《作者から一言》7年も前の卒業式のことを取り上げたのは、この時卒業した子等が今年(平成22年度)、成人を迎えるからである。きっと国際感覚豊かな心優しい大人になってくれることと信じている。(宮本)

添付写真の説明:今年の3月13日、母校・関西鍼灸柔整専門学校の卒業式に来賓として列席したおりのスナップです。左から武田秀孝校長、ヨガの恩師・数珠(じゅず)先生、私、武田良彦事務長。30年前の想い出が甦りました。





上は懸顱の図・下は卒業式の写真

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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