漢方つぼ物語(130)
然谷(ねんこく)

全日本鍼灸学会学術大会参加記念三部作その1
〈 東洋療法の科学的証明 〉

 平成22年6月、大阪国際会議場を舞台に社団法人全日本鍼灸学会第59回学術大会が三千人の参加者を得て賑々しく開催された。講演やシンポジウム、研究発表や実技公開がメインホールを初めとする10会場を用いて催される。  
 今回のテーマは「統合医療と鍼灸―さらなるQOL(生活の質)の向上を目指して―」。大会会長の基調講演の後、東京大学名誉教授で一般法人日本統合医療学会理事長の渥美和彦氏が特別講演を行った。
 「統合医療とは、西洋医学と伝統医学、さらには相補・代替医療を統合した医療である。一人ひとりの患者について個別化され、なおかつ全人的で、治療だけではなく予防・健康増進的なものを含む。既に国策として推進されているが、その有用性を個々に厳しく評価し、過大な宣伝を排除する必要がある。…」

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 鍼灸が統合医療の期待される一分野であることは、既に広く知られている。統合医療の概略と課題を述べた渥美名誉教授の特別講演に続いての招待講演はニューヨークのがんセンターで統合医療部門の臨床部長として鍼治療の研究に携わり米国立衛生研究所(NIH)が出資する研究プロジェクトの主任研究員もつとめるゲイリー・デン博士。鍼という極めて個別化された治療の有効性について、一般化・普遍化された結論に導くことの困難と問題点を述べられた。北京医科大学とテキサス大学医学部で東西両医学を学び統合医療研究の最先端におられるデン博士ならではの知見に裏打ちされた真摯な研究発表だった。

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 この学術大会のプログラムの中には「鍼灸の臨床効果を客観的に評価する」という課題に関わる講演・講座やシンポジウムが多数、設けられていた。鍼灸の科学化、いいかえれば「鍼灸が確かに効くという証拠(エビデンス)を示すこと」は、東洋医学が統合医療の体系の中で確固たる地位を占めるために必須の条件であることがひしひしと感じられた。
 医薬や施術の治効を証明する統計学的手法として、ランダム比較試験(RCT)というものがある。ランダムとは「無作為に抽出し均等に振り分けられた複数の集団」を被験者とすることを意味する。そしてそのような比較群に対して、思いこみや先入観を排除して検査を施す。
 新しく開発された血圧降下剤を例に取ると、性別・年齢・職業・病歴に偏りのない高血圧症患者のグループを2つ用意する。一方のグループには効能未確認の新薬を、他方にはメリケン粉をのませる。この時、薬を手渡す医師も服用する患者も、新薬かメリケン粉か分からないようにするのがミソ。これでもし、メリケン粉を飲んだグループは症状に変化がなく、新薬を服用したグループに著しい症状の改善があったとしたら「この新薬は効く!」と科学的に判断して差し支えないではないか。なおメリケン粉には薬効がないことが知られている。
 クスリの場合はそれでよい。問題はハリや灸の場合に一体どうするか、だ。比較するための「メリケン粉」をどう設定するのか。にせのハリを刺す。ツボでないところに灸をすえる。ハリ・灸をしたふりをする。…そんなことが容易にできるとは思えない。また技術面は無視するのか?

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 今大会最後のシンポジウム「鍼灸のエビデンスと評価法の再考」は、まさにその問題をテーマとしていた。しかし演者の発表をきくほどに、納得できない思いが募ってきた。終盤に、座長の明治国際医療大学教授・川喜田健司先生が会場に発言を求めた。私は蛮勇を奮ってマイクを握った。
「和歌山から参りました宮本と申します。日々、鍼灸の臨床に従事している者として率直な感想を申し述べます。私の実感として、一人ひとり異なる患者さんに、一人ひとりに異なる施術を施して治療効果を上げようと努めております。
同じ条件の被験者群の設定という前提、施す刺激の画一性という条件は、われわれが日常行っている業の本質からは、かけ離れたものであるように思われてなりません。」
 会場は相変わらず静まりかえっていたが、私は私の背後に全国あまたの鍼灸臨床家の共鳴の拍手を感じていた。西洋医学の病名や症状が「その部分だけ切り取られた属性」であるのに対して、東洋医学の証(しょう)は「経絡・臓腑の働きの全体像」といえる。「症状」以外の部分を切り捨てることができても、「証」を除いて、もはやその人は存在しない。鍼灸の治効理論は「ランダム比較」を超えた、東洋医学の本質に基づく究明が求められるのではないだろうか。

〔然谷(ねんこく)〕生命力を高める腎経の土踏まずの湧泉に次ぐ2番目のツボ。
取穴:内くるぶしの前下方に触れるとがった骨の真下。皮膚の色の違う境目。
治効:冷えを取る。冷えや生命力の強弱が一人ひとり異なると実感できる穴。
《作者から一言》 私が述べた意見でシンポジウムは終了した。その直後のことだった。一人の学生が私に声をかけてくれた。3年前に私の小児鍼を見学に来た前中悠加さん。ポスター発表の学生の部で「受験生の疲労と鍼灸」をテーマに研究発表して見事に優秀賞を獲得したのだという。関西医療大学鍼灸学科の4年生で、いよいよ来年卒業。若い研究者の今後の活躍を期待したい。(宮本)



上は然谷の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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