漢方つぼ物語(132)
大陵(だいりょう)

全日本鍼灸学会学術大会参加記念三部作その3
〈 30年前の恋 〉

 全日本鍼灸学会学術大会大阪大会は6月中旬の週末に催された。私の勤める和歌山県立和歌山盲学校の関係では、教員4人と学生2人が参加し、全国から集まった約三千人の学者・教員・学生・研究者・臨床家達と共に、中身の濃い学習の機会を得ることができた。そして初日のお昼には、青春を巻き戻しするような「再会のドラマ」が用意されていたのだった…。
 昼食を、ランチョンセミナーの会場でとることにした。肩肘張らない内容のものとして「切手の中の鍼灸、東洋医学」というセミナーを選んだ。会場に入るとき、ご一緒した和歌山盲学校の能澤義和先生が「このセミナーは、M医療学園が提供しているのですよ。」とひとことおっしゃった。そのことばを聞いて私は直感的に思った。この会場にきっと「あの人」がいる、と! その直感は的中した。

***

 昭和55年秋、私は関西鍼灸柔整専門学校の鍼灸マッサージ科3年生だった。いよいよ来春には国家試験に合格して、治療家として人生を切り開いていかねばならぬ、と心を引き締めながらも、この未熟な技術で日々の臨床をこなしていけるのだろうか、との不安を心の奥底に隠していた。ひとあし早く開業していた友人が当時、ブームの走りであった太極拳に誘ってくれた。
 NHKの放送で有名になった楊名時(よう・めいじ)先生に簡化太極拳24式を習い、若いS先生がその後の指導を担当して下さった。S先生がM医療学園出身の鍼灸師であることを知り、がぜん親近感を抱いた。既に当時から「鍼灸の効果は、統計学的手法を用いて科学的・客観的に立証しなければならない」と強く主張されていたS先生は、新大阪駅前の近畿大学医学部・有地滋教授のクリニックのチームメンバーでもあった。東西両医学を活用して病気を治す、この診療所を見学させて頂いたご縁で、私は「あの人」とめぐり会ったのだ。
 それはI先生。M医療学園創始者のお一人のご息女である。私が通う鍼灸専門学校の文化祭に招待したり、I先生お勧めの割烹で食事を楽しんだりした。その年の暮れに、なんば球場でサーカスを鑑賞したのが最後のデートとなった。私は彼女にプロポーズをし、彼女はS先生を通じて、「年上であること」を理由に、やんわりと断ってきたのだ…。

***

 私の青春に忘れがたい想い出を残すその方は、ランチョンセミナーの座長席に座っておられた。遅れて入場しながら厚顔にも最前列の席についた私に、はたして気付かれただろうか?
 セミナーの内容は極めて興味深いものだった。各国の郵便切手に色彩豊かに描かれた図柄は、その時代・その国の鍼灸に関わる歴史のハイライトシーンだ。中国のはだしの医者の活動を描いたもの、北朝鮮の幻のボンハン切手等、次々とスクリーンに映し出される切手に、私は思わず箸を止めて見入った。質問を募ってくれたので、私は切手の絵柄の著作権について質問した。講師の筑波大・大沢秀夫先生によると「著作権はないのですが、うかつにカラーコピーすると切手偽造の罪に問われる可能性があるので注意が必要です。」とのことだった。
 ランチョンセミナーが終わってから、私はご挨拶すべく座長席に近づいた。I先生は四半世紀にわたってM医療学園が発行する季刊の卒後教育誌の編集に携わっておられることを、私はよく承知している。
「I先生、和歌山の宮本でございます。ずいぶんお久しぶりです。」
 さほど驚いた風でもなく、微笑みをたたえて先生はこう答えた。
「相変わらずお元気そうですね。」
 その屈託のない笑顔に、30年前の優しい空気がよみがえった。そうだ、私が愛したのは、この人との間にいつも漂っていた、このリラックスした雰囲気だったのだ! 近くにいた方に、記念のツーショットを撮ってもらった。
 帰宅後、私は妻にその写真を見せながら少し興奮気味に、このドラマチックな再会の一部始終を伝えた。妻は「その方のことは聞いてないわ」といいつつスナップ写真をのぞき込み、いみじくもこう言い放ったものだ。
「この方、3年前に亡くなったあなたのお母さんにそっくりじゃない。あなた、やっぱりマザコンね!」

〔大陵(だいりょう)〕腕の掌側の中央を指先に向かう心包経9穴中の第7穴。
取穴:やや手首を掌側に曲げたとき手首の皺の真ん中、スジとスジの間に取る。
治効:恋するときの胸の高鳴り・動悸をやわらげて冷静さを取りもどすツボ。
《作者から一言》若き日の出来事を、かくもあっけらかんと打ち明けることができるのは、それが今の風潮からすれば信じられない位の淡い恋であったからだ。私はI先生をいつも尊敬していた。思い返せば私は先生の手さえ握ったことがないのだ。授業の合間に待機する和歌山盲学校の図書室で、「医道の日本」誌上のS先生の連載論文やI先生の臨床報告を目にするとき、甘酸っぱい青春の記憶は、あたかも昨日のことのように鮮やかに甦ってくるのだ。(宮本)



上は大陵の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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