漢方つぼ物語(135)
肩外兪(けんがいゆ)

〈 創作落語「まじない屋」 〉

 その昔、お江戸の物売りの中で「水売り」というのがあったそうで。隅田川の水を売り物にしておりましたそうでございますな。今は、水を売るのは何も珍しくはございません。思い返しますと「六甲のおいしい水」というのが始まりであったかと思いますが、その後は種類も豊富になりまして、ミネラルウォーターに深層水、ビタミンウォーターと水は立派な商品となっております。
 一方で物を売らない商売の代表といえば、なんといっても「易者」でございましょうなあ。なにしろ「うらない」というくらいなものですから…。

***

  あ〜あ、酔っぱらっちまったい。ん? なんだ、この看板は? ちょっと風変わりだね、こりゃ…。「まじない屋 お望み通りの人生をあなたのものに」 変わった商売があったもんだね。よーし、ちょっとからかっちゃおう。
「おーい、まじない屋! まじない屋はおまえか?」
「てまえがまじない屋でございます。ご注文を伺います。 」
「どんなまじないがあるんだい?」
「ありとあらゆるまじないを取り揃えてございます。何なりとご用命下さい。」
「ほう、何なりとか。大きく出たね。じゃあさっそく注文しようじゃないか。」
「どうぞ、どうぞ。」
「それじゃあ迷わず、大金持ちになるまじないを頼もう!」
「お客様。どなたも最初はそれをご注文なさるのですが、はっきり申しまして、それはあまりお勧めできません。」
「なんだ? 大金持ちのまじないはおすすめできない? どうしてだい?」
「そもそも金というものは、必要なときに必要なだけあるのがよろしいかと。」
「大金持ちのどこがいけないんだい?」
「大金を持ちますと、盗まれやしないかと心配で、おちおち寝ておれません。それによくない人物が周りをうろちょろ致しまして、人生を誤ります。」
「そう言われてみると、そんな気がしてきたね。ま、いっぺん金が気になって寝てらんない経験もしてみたいもんだが、その立場になってみると、それほどいいものじゃないのかもしれないね。よし、じゃあいいや、ほかのにしよう。」
「そうなさった方がよろしいかと存じます。」

***

「じゃあ、決めた。女の子にもてるまじない。これでいこう。」
「お客様、どなたさまも最初はそう望まれるようでございますが…。」
「なんだよ、これもおすすめでないってのかい?」
「はい、その通りでございます。女の子にモテ過ぎますてえと、ロクなことがございません。あなたさまに惚れた女たちが恋のいさかいを始めます。その内、心底思い詰めた手合いがあなたと無理心中をしようなんてことになりますと、もうたいへん。奥様お一人だけに愛されているのが一番平和で幸せかと…。」
「なるほどねえ、おまえさんのハナシを聞いてるとそんなものかと思えてくるから不思議だねえ。」
「悪いことは申しません。大金持ちと、女の子にもてるのとだけは外した方がよろしいかと存じます。」
「わかったよ、わかりました。いえね、わたしだって金目当てに命を狙われたり、無理心中の相手にされたりしたくはありませんよ。命あっての物種、と昔から言うじゃありませんか。しかしなんだね、金と女を外されるっていうと、ほかに願うことはとんと思いつかない。つくづく志の低い人生を送ってきたもんだと我ながら感心するねえ。おい、まじない屋、なにかおすすめはあるかい?」
「はい、ございますとも。すべてを忘れるまじない。これが最大のおすすめでございます。悩みを忘れる、痛みを忘れる。過去の辛い想い出も、心にのしかかるプレッシャーもストレスも、他人や世間への恨み辛みも、一切がっさい忘れるおまじない。おすすめベストワンはこれをおいてほかにございません!」
「おう、いいねえ。ついでに年も忘れ、借金も忘れようじゃないか。さっそくそれを頼む!」
「う〜ん…」
「どうした、まじない屋。はやくその忘れのまじないをしておくれよ。」
「それが、どうやったらいいのか…きれいさっぱり忘れてしまいました!」
「いいかげんにしろい!」
おあとの用意がよろしいようでございます。

〔肩外兪(けんがいゆ)〕手の小指から腕肩を経て耳の前に至る小腸経第14穴。
治効:首・肩のこりをゆるめ、頭の血行をよくして忘れたことを思い出すツボ。
《作者から一言》私が事務局をつとめるボランティア団体「和歌山県腹話術協会」が昭和55年12月の発足から満30周年を迎えたことを記念する催し「腹話術の祭典」がさきごろ和歌山県民文化会館で開かれ、超満員の観客であふれかえった。その様子は次作のつぼ物語をおたのしみに!(宮本)



上は肩外兪の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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