漢方つぼ物語(140)
瞳子りょう(どうしりょう)

〈 盲学校理療科新入生へ 〉

 さあ、経穴と経絡の学習を始めましょう。その前に、ひとことお話ししておきたいことがあります。皆さんは視覚にハンディキャップを得て、この学校に入学されました。そして鍼灸マッサージ師としての道を歩むべくこのコースを選択されたのだと思います。視覚にハンデがなければもっと別のやりたいことがあった、この進路は心ならずも選んだのだ、自分としては強いられた・やむを得ない選択だった、とそういう思いを胸に秘めている方もあるかもしれない。
それは一面の事実であるかもしれません。しかし、今から私がお話しすることは、ぜひとも頭の片隅にとどめておいて頂きたい。そうして皆さんがこれから歩もうとする道が、どのように築かれてきたかに思いを馳せて頂きたいのです。

***

 世界中ではり・灸の施術が視覚障害者、とりわけ全盲の人に開かれているのはわが国だけであるといわれます。もっと的確にいうなら、視覚障害者の仕事として鍼灸が定着している国は、わが国をおいて他にありません。東洋医学の母国・中国においては、按摩等の手技治療こそ全盲の人にも道が開かれていますが、鍼灸については制度的に許されていません。韓国においては、晴眼者のかなり高度な医療資格として鍼灸師(「韓医師」と呼ぶ)が位置づけられているようです。では、なぜ日本においてのみ、そうした伝統が根付いたのでしょう?
 杉山和一(すぎやま・わいち)という検校がいました。江戸時代に活躍した全盲の鍼師です。杉山検校は五代将軍綱吉の持病を鍼治療で見事に治しました。「ほうびになんなりと望みのものをとらせる、遠慮なく申せ。何が欲しい?」
そう尋ねる将軍に和一は、
「一つでも良いから目が欲しゅうございます。」
と応えたと言い伝えられています。いかに天下を治める将軍といえども、それは叶わぬこと、和一は目の代わりに江戸・本所に広大な土地を与えられます。「一つでも目が」という和一の言葉にちなんで、「本所一つ目」と名付けられたその褒賞の地に、和一は視覚障害者のための鍼と手技治療の訓練所である「杉山流鍼治導引稽古所」を設けます。これは世界史上、最初の視覚障害者のための職業訓練施設なのだそうです。
 杉山和一の粘り強さと社会奉仕の精神によって、視覚障害者の職業としての鍼術というわが国独自の伝統が以後、確固たるものとなったのです。

 ***

 鍼灸東洋医学の歴史は二千年と申します。二千年前に成立した黄帝内経(こうていだいきょう)という書物に、今に通じるその基本原理と実践法が、理論だって記述されているのは驚くべきことです。
 それでは鍼灸は二千年の間、途絶えることなく連綿と続いてきたのかといいますと、実はそうではないのです。中国において、百年の空白の時代があったことは案外知られていません。それは西暦1822年のこと、中国清朝の、ラストエンペラーから4代さかのぼる第8代皇帝の時代に、突如「鍼灸禁止令」が出されます。皇帝様に鍼を刺し、灸をすえるのは無礼なことで許されない、という趣旨が発端でありましたが、次第に一般にも行われなくなり、中華民国成立の頃まで、本家中国において鍼灸医学はすっかりすたれてしまうのです。百年も空白が続きますと、もはや誰も鍼灸の文献を見向きもしなくなります。貴重な漢方の古典が、この時期に数多くわが国に流入しました。江戸末期の漢方医学の隆盛はこのことと深く関連しています。
 ところがその日本でも異変が起こります。明治維新が成立し、武士階級から政権を奪取した明治新政府は、もっぱら西洋医学を採用することに躍起となり、東洋医学は「当代のみ」で後継者に引き継いではならない、との方針を打ち出すのです。明治30年代に入りますと漢方医は次第に姿を消していきました。では鍼灸の伝統も途絶えたのでしょうか? いいえ、そうではなかったのです。ここでわが国独自のシステムが生きてきます。視覚障害者である鍼灸師は引き続きその業をなすことが黙認されたのでした。さしもの明治新政府も、視覚障害者から伝統的職業を奪うことまではできなかったわけです。

 ***

 中国清朝の鍼灸禁止令と明治新政府の漢方医廃絶、またその後、第二次世界大戦敗戦後、マッカーサー元帥による「鍼灸禁止令」の危機にもめげず、鍼灸二千年の伝統を守ることができたのは、視覚にハンディキャップを持つ日本の鍼灸師の存在に依るものであったと言えます。杉山和一という一人の検校が時の権力者の持病を治したことが、結果として鍼灸医学という人類の宝を守る礎(いしずえ)となったことを思うとき、皆さん方は、たとえ最初は意に反して選んだ道であろうと、そこには世界の歴史を動かし、人類を幸福に導く、大きな可能性が秘められていることに自信と誇りを持って勉学に励んで頂きたいと強く願うものです。

〔瞳子りょう(どうしりょう)〕側頭から側胸・側腹・脚外側を下りる胆経第1穴。
取穴:目尻から外へ5分(標準的大人で1p 強)、骨が少しくぼんだところ。
治効:三叉神経痛(顔面の激しい痛みを起こす)や目の症状、偏頭痛に効く。
《作者から一言》鍼灸医学を守り抜いた日本の伝統。その原点をたどると杉山和一に辿り着きます。杉山検校が治した将軍綱吉の持病とは「偏頭痛」であったといわれています。その偏頭痛を治す特効穴の一つが瞳子Bです。(宮本)



上は瞳子りょうの図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com