漢方つぼ物語(146)
環跳(かんちょう)

〈 桂こけ枝の「ほのぼの人権講座」 〉

 よっちゃんは小学校5年生。学校でのお勉強を終えて、おうちへ帰るところ。
 今日のおやつはなんだろな、と楽しい気持ちでいつもの道を歩いていたそのとき、後ろから声がしました。
 「おーい、おまえ、歩き方、おかしいぞ。」
 するとその声に合わせるように、別の声が聞こえました。
 「そうや、歩き方、おかしいわ。」
 こんどは何人もが、まるで合唱するようにいいました。
 「ちゃーんと歩け、ちゃーんと歩け!」
 よっちゃんはいたたまれなくなって、急ぎ足で駆け出そうとしました。でも、すぐに追いつかれてしまいます。
 よっちゃんには、生まれつきの病気があります。「先天性股関節脱臼」という病気です。右足の付け根の関節が生まれつき外れていて、右足でからだを支えることができないのです。左足に比べて、右足は5p ほど短いのです。立った姿勢のときは、左足だけで体重を支え、右足はつま先で立ってバランスを取る感じになります。歩くときはからだを上下にゆすりながら歩く感じになります。それで、速く歩くことが難しいのです。
 よっちゃんはようやくのことで家に帰り着きました。玄関を開けて中に入ると、ぴしゃん、と戸を閉めました。ここまではいじめっ子もやってきません。一安心です。でも、よっちゃんは悲しい気持ちになりました。ひとことも言い返すこともできずに、まるで逃げるようにおうちに帰った自分がなさけなかったのです。ぴしゃんと戸を閉めたとき、自分の心の扉も閉ざしてしまったようで、悲しくなったのです。おうちの人に洗いざらい打ち明けたら、少しは気がすんだかも知れません。でもそうするとおうちの人も自分と同じような悲しい気持ちになるだろうと思うと、言えなかったのです。
 よっちゃんは、心優しい子供なのです。

***

 よっちゃんは学校へ行くのがすっかりいやになってしまいました。よく朝、
 「ちょっと熱っぽいから、学校休みたい。」
 というと、お母さんが心配して体温計を脇の下にはさみました。お母さんが台所に行ったすきに、よっちゃんは体温計をこすりました。
 「あらまあ、38度9分もある。今日は一日、ゆっくり寝てなさい。」
 あまり熱がいつまでも下がらないと病院へ連れていかれそうなので、3日目には「おなかがいたい」と言って学校を休みました。
 「お腹が痛いわりには、よくご飯を食べるわね。」
 と怪しまれましたが。
 そんなふうにして10日もずる休みしたころ、おさななじみのタカシ君が、たまったプリントをもってきてくれました。
 「なんや、よっちゃん、元気そうやないか。ケガしてるわけでもなさそうやし。なんでこんなにながいこと、学校休んでるんや?」
 気心の知れたタカシ君に真顔でそうきかれて、よっちゃんは、
 「ぼくなあ、足のことでからかわれたんや。それで、学校へ行くのがいやになってしもうたんや。」
 と正直に打ち明けました。するとタカシ君はこう言ったのです。
 「それはおかしいわ。そやかて、君はひとつも悪ないやないか。悪ないもんがすっこんでたら、一生すっこんでなあかんで。なあ、明日から学校へこいや。もしまたからかわれたら、おれがなんとかしちゃるから!」
 「君はひとつも悪ない」という言葉で、よっちゃんは元気をもらいました。
 「悪ないもんがすっこんでたら、一生すっこんでなあかんで」というのも、その通りやと思いました。
 「もしまたからかわれたら、おれがなんとかしちゃる」といってくれたのも、とっても頼もしく思ったのでした。
 それからも足のことでからかわれたり、いじめられたりすることは、何度もありました。でもそのたびに、「君は悪ない」「悪ないもんがすっこんでしもたらあかん」というタカシ君の言葉は、ずっと心の支えになりました。
 よっちゃんはいま、落語家として活躍しています。「桂こけ枝(こけし)」という名前で「ほのぼの人権講座」という講演もします。そのときはかならず、よっちゃんを励ましてくれた、おさななじみのお友達のお話をするのです。
 「皆さんの中に、いじめや差別をする人は一人もいないと思います。でも、もう一歩進んで、弱い立場の人やいじめを受けている人に、手を差し伸べて、言葉で、また行動で、助ける人であって頂けますようお願いします。」

〔環跳(かんちょう)〕目尻に起こり、からだの側面を下る足少陽胆経第30穴。
取穴:大腿骨付け根の外側の出っ張りと仙骨下部を結ぶ線の外3分の1に取る。
治効:股関節痛や坐骨神経痛に。先天性股関節脱臼もこれで治るといいのにね。

《作者から一言》和歌山市の人権講座で桂こけ枝さんのお話をおききし、ぜひ紹介したく取り上げました。「タカシ君」という名前は私の創作です。(宮本)



上は環跳の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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