漢方つぼ物語(147)
膈兪(かくゆ)

〈 もういっぺん母ちゃんのポンポンに… 〉

 私には5歳違いの妹がおりました。より子という名でした。より子は小学校1年生になったばかりの春に、幼くして亡くなってしまいました。白血病という血液の病気を患っていたのです。「白血病には胚芽米がいいらしい」と聞くと、母親は胚芽米を求めてきて、それをすり鉢で細かくすりつぶして粉にしてオブラートに包み、いやがる妹の口元に運んだりしておりました。
 両親はより子の気持ちを引き立たせようと、いちはやく赤いランドセルを買い与え、
 「春には小学校に入学するんやで。小学校へ行ったらいっぱいお友達がいて、いっしょにお勉強したり、お遊びしたりして、とっても楽しいんや。そやからがんばって、はよう元気にならんとな。」
と、さとすように言うと、妹も、
 「うん、わかった。このランドセルを背負って学校へ通うんやなあ。学校へ行ったら、いっぱいお友達ができるんやなあ。」
と、うれしそうに、からだの割には大きすぎるランドセルをしょって、家の中を歩き回っておりました。
 しかしながら病状は悪化するばかりでした。国立病院の最高の技術をもってしても、出血を止めることができなくなりました。見舞いに集まってきた身内が額を寄せ合って心配そうにのぞき込んでいたとき、妹は苦しい息の中から、突然こんなことを母に尋ねたのでした。
 「なあ、お母ちゃん、もし私が死んだら、私のからだはどうなるん?」
 兄である私は、妹の発したその質問を横できいていて、胸の締め付けられる思いがしました。と同時に、娘のこの質問に対して、母がいったいどう答えるのかと、固唾(かたず)をのむ思いで、母のほうに目をやったのです。
 母は落ち着いていました。娘を優しい目でみつめ、にこっとほほえみながらこう言ったのでした。
 「おまえが死んだらなあ、おまえの体は、母ちゃんのポンポンの中へ入って、元気なからだで、もういっぺん『おぎゃあ!』って生まれてくるんやで。」

***

 死の恐怖は大人も子供も変わらないのでしょう。しかも誰の身にもいつかはきっと来るという漠然とした死の恐怖と、わが身にさしせまった死の恐怖とでは天と地ほど違うと思います。幼い妹はその恐怖の中で思わず「死んだらどうなるの?」という質問を母親に投げかけたのです。母親の答えが妹にとって、どんなにうれしかったかは容易に知れました。まずその答えを聞いたとたんに、蒼白になっていた妹の頬にうっすらと赤みがさしたのです。そしてそのあと、見舞いに訪れる人に、尋ねられてもいないのに「ねえ、私が死んだら私のからだ、どうなるか知ってる? 母ちゃんのポンポンに入って、もういっぺん『おぎゃあ!』って元気なからだで生まれてくるんやで!」と、だれかれなく笑顔で話したのでした。
 でも病の勢いを止めることはだれにもできませんでした。小学校に入学して、たくさんの新しいお友達と一緒に楽しく過ごすはずであった春に、妹は短い人生を閉じてしまいました。ただ、兄である私にとって救いであったのは、妹の死に顔がとても安らかで、にっこりと笑っているように見えたことです。そう、これで母ちゃんのポンポンに帰れると、それを楽しみにしているかのように。

***

 以上は私の友人からきいたお話です。今にも命の灯火が尽きようとしている幼い子どもにとっても、親の懐はこのように優しく温かく、死の恐怖さえも消し去ってくれるほど安心と喜びの場所であることをあらためて実感します。
 平成23年3月11日に東北地方を中心に発生したマグニチュード9.0の大地震とそれに伴う大津波は、多数の人々の命と生活を奪いました。親を亡くした子どももたくさんいることでしょう。子を亡くした親の嘆きもいかほどかと胸が痛みます。
 命あること。命を保ち、愛する人と共にあること。それはけっして「当たり前のこと」ではないことを、肝に銘じたいと思います。

〔膈兪(かくゆ)〕目頭から頭を巡り背筋をおりる足の太陽膀胱経のツボの一つ。
取穴:肩甲骨の一番下の高さで背中の中心線と肩甲骨の内縁の間を通る線上。
治効:この穴は「血会穴(けつえけつ)」と言い血液に関わる病気に用います。

《作者から一言》こんなエピソードがあります。「私は死ぬことは何も怖くない、私の死期が迫っているなら遠慮なく言ってくれ」と普段から公言していた人が余命幾ばくかの病気になったので、医師がその事実を伝えると、見苦しいほど取り乱し、「死ぬのは嫌だ、助けてくれ」と泣きわめいた、というのです。この矛盾はこう説明できます。死をライオンに喩えるのです。「怖くない」と言っていた「死」は、「動物園にいる檻の中のライオン」で、「死ぬは嫌だ」と言う「死」は、「目の前に突如出現した、腹を空かせた野生のライオン」である、と。死はいくら歳を取っても未知のもの。むしろ怖いのが当たり前だと思います。死に対して、私たちは謙虚でありたい、と思います。(宮本)



上は膈兪の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com