漢方つぼ物語(154)
廉泉(れんせん)

〈 創作漢方落語「干支(えと)の寿司」 〉

 えー、生きる楽しみと申しますと、芸能から勝負事に至るまで多種多様、ま、人それぞれ好きずき、ということでございますが、万人の楽しみと言えば、食。食べること。これ以上の確かな楽しみはないのではなかろうかと思う次第です。
 東洋医学の立場からは「食の三原則」と申しまして「食養生のスローガン」みたいなものがございます。まずは「旬を食べる」。自然の食べ物にはそれぞれ最もふさわしい季節というものがございます。その旬を外さずに食べますと、うまい・栄養のバランスがよい・おまけに安い、と三拍子揃う結構なことになるわけでございます。次に「全体を頂く」。ええとこ取り、ではいかんというわけでございます。動物でも植物でも全体で調和が保てているわけでございまして、なるべく丸ごと食べるのがよろしい、ということでございます。三原則の今一つは「身土不二(しんとふじ)」、人と自然は一体、そこで自分の住んでいる近辺で採れる食材を食べることを旨とせよ、というのが東洋医学的食養生の3つ目、でございますな。熱帯の果物はやはり暑い熱帯に住む人たちが食べますというと、ほてった体を冷やしてくれて丁度いいあんばいでございますが、寒いところに住んでおります人間が食べると、体が冷えすぎて健康を損ねる、住んでる場所の間近にできるものが最適の食べ物、というわけでございます。

***

「ああ、何もかも喰い飽きた。なんか目新しい喰いもんはないかいな。」
「あんさん、それやったら、ええとこへ案内しまひょやないか。最近開店した寿司屋がおますねん。」
「寿司なんか一通り喰うたわい。最高のネタから、ゲテモンまで。」
「いや、ちょっと趣向のある寿司屋でおますのや。…ここでおます。」
「ほう、『干支の寿司』か。変わった名前の店やな。」
「らっしゃーい、お連れさん誘うてようお越し。辰年のお生まれでしたな。」
「さすが客商売、いっぺん来たらちゃんと覚えてるな。」
「ハイ、お待ちぃ、タツノオトシゴの握り,一丁!」
「わあ、ナマのタツノオトシゴやないかいな、こんなもん喰えるんかいな?」
「なんや滋養強壮になるらしいで。」
「ふうん、辰年生まれやとタツノオトシゴか。ほな尋ねるが、丑年、午年生まれやと、牛肉や馬肉の握りが出るんか?」
「そこはちょっとひねっとります。丑年の方には水牛の握り、午年の方にはシマウマの握りを、お出しすることになっとります。」
「ほう、巳年や申年生まれは?」
「はい、巳年生まれの人にはガラガラヘビ、申年生まれならマントヒヒ。」
「そこまで凝るか? 子年生まれはどや? まさかどぶネズミを喰わされるんやないやろな?」
「子年生まれの方にはハリネズミを用意しております。いえ、ご心配なく。ちゃんとハリは一本一本抜いてお出ししますさかいに。」
「そらそやろ。ん、待てよ、さいぜんからこの爪楊枝、えらい先っぽがつんつん尖ってると思うたら…」
「あったりー! それ、ハリネズミのハリですがな。」
「あんさん、そろそろ自分の干支の寿司を握ってもらわんかいな。」
「ではお聴きしまひょ。お宅様の干支はなんでございますか?」
「いやさっきから言おうか、言わまいか、迷ってたんやがな。」
「遠慮せんといいなはれ。ウサギかい、それともヒツジさんかいな?」
「それが、そんな可愛らしい干支と違うから言いよどんでおるんやがな。」
「わかりました、寅年!」
「ピンポーン!」
「クイズ番組やおまへんがな。マスター、はよう出してやってくれ。」
「はい、インドから直輸入、ベンガル虎の握りぃー!」
「やっぱりそうきたか。」
「どないしたんや、珍しいもん喰いたい言うから連れてきたったんや。パクッと口へ入れなはれ。それとも、ベンガル虎と聞いておじけづいたんでっか?」
「そ、そんなことあるかい。」
「それやったらパクッといきなはらんかいな。ほれ、どないした?」
「いやな、こんな珍しいもん、一人で喰うてしもたら、よめはんが悔しがる。土産に持って帰るわ。マスター、ものが虎だけに、『オリ』へ入れておくれ。」
 おあとの用意がよろしいようで。

〔廉泉(れんせん)〕身体前面の正中線を上る任脈24穴の最後から2番目の穴。
取穴:クビを軽く後ろに倒すとノド仏の上方で舌骨という骨の上縁のくぼみ。
治効:美味しいものを唾液とともにしっかり飲み込むためのグルメ必須のツボ。

《作者から一言》漢方落語シリーズ最新作です。漢方の3本の柱といわれるのが、鍼灸(しんきゅう)つまりハリとやいと、湯液(とうえき)即ち漢方薬、そして今回取り上げた食養(しょくよう)イコール食事療法です。はてさて、意気込み通りの格調高い作品に…は仕上がってないですよね、ハイ。(宮本)



上は廉泉の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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