漢方つぼ物語(164)
殷門(いんもん)

〈 義父の死 その1 〉

 愛用の外付けハードディスクが壊れた。パソコンのデータを保管するために3年前に購入した大容量の記憶装置だ。1テラバイト。それはアルファベットなら1兆個、日本の文字でも五千億文字分の記録ができる大きさに相当する。四半世紀前に初めてパソコンを購入したときに、20メガバイトの内蔵ハードディスク付きのものを選んだ。それは20万円割高であった。つまりその当時、1メガバイトは1万円の値段が付いていた。1テラは百万メガのこと。つまり25年前のレートだと、1万円の百万倍で10億円の価値があることになる。そのハードディクの現在の価格はいかほどかというと、なんと7千円足らずだった。コンピュータとその周辺機器は格段の進歩を遂げながらも、価格は驚くほど安価になっているのだ。
 パソコンの中のデータをこの記憶装置に移すとパソコンは格段に動きがよくなった。そこで私はこのハードディスクに「救いのテラ」という名前を付けた。
 「救いのテラ」が破損した原因は、7年間使っているパソコン本体の電源の差し込み部分が劣化して停電状態に陥ったせいである。一瞬にしてクラッシュして回復しなかった。心のままにこつこつとしたためた文書、日常のさまざまな記録、デジタルカメラで撮りためた画像・動画のすべてが、一瞬にして消え去った。複製の保存も設定のミスで、できていなかった。私はつぶやいた。
 (すべての思索や心の動き、飛び切りの笑顔や懐かしい仕草。それらが消え去って二度とよみがえることがない。これはまるで人の死と同じだ!)
 「救いのテラ」は、「幻のテラ」となった。

***

 同じ月、すなわち2012年9月の下旬に、私が自治会長を務める47世帯の地区で、わずか3日の間に二人の住人が相次いで亡くなられた。台風一過の、月の出ない「仲秋の名月」の日に挙行されたお二人目の通夜に参列し帰宅すると、妻の実家の義妹から父親が危篤状態に陥ったと連絡があった。妻と長女と私は大阪府豊中市の妻の里へ向かった。夜10時を回って到着したとき、義父は既に息を引き取っていた。葬儀場と斎場が共に混み合っていて、通夜は一日おいた10月2日に、葬儀は3日に挙行された。
 ごく親しい身内と隣人の列席を得て、喪主である義母と二人の娘(私の妻と義妹)に代わって、私がお礼の挨拶を述べた。
 「おりに触れて父・堀本春男が家族に垂れた訓辞を、私どもは『春男語録』と称して記憶に留めておるのですが、その中の印象的な一つに、『人生は最後の最後まであきらめるな』というのがございます。その言葉を自ら実践するように、父は命の灯火を燃やし尽くして旅立って行きました。事業につまずいたり、頼みとする長男を幼くして亡くしたりと、その人生は必ずしも平坦ではありませんでしたが、今振り返りみますと、全体としてずいぶん豊かな人生を全うすことが出来たと実感いたします。それは、今日、ここにお参り頂いている皆様方に常日頃、温かくお見守り頂き、また苦しいとき辛いときにしっかりとお支え頂いたお陰と、心から感謝いたします。ここに故人に成り代わりまして深く御礼申し上げる次第です。」

***

 家族と親族が一緒にバスに乗って、骨揚げのため斎場へ向かった。「のど仏」が実は、のどの骨ではなく第二頸椎、すなわち背骨を構成する上から2番目の骨である、と蘊蓄(うんちく)を傾ける私に、妻が質問を浴びせた。
 「人間の骨って全部でいくつあるの?」
 手元のスマートフォンで調べると即座に解答が出た。私は車中の人々に仰々しくアナウンスした。
 「人間の骨の数はという質問の答を発表します。人間の骨の総数は206個です。ただし、生まれたときは350個、ずっと多いのだそうです。大人になるにつれて、いくつかの骨と骨がくっついて206個になるということです。」
 たぶん骨が細かく別れている方が身体をしぼませて産道をくぐるのに好都合なのだろう。サービス精神旺盛な私は、更にもう一言、付け加えた。
 「ところで先ほど『人間は通常206個の骨がある』と申しましたが、私の妻は208個あります。(両手の人さし指を頭の上に立てて)頭に収納式の骨が2個、余分に備わっておるのでございます。」
 再び葬儀場に帰り着き、初七日の法要も終え、義父は「廣徳春栄居士」の戒名を賜った。列席者への私の最後のご挨拶。
 「大正13年2月5日生まれの父は、ちょうど88年と8ヶ月の人生を生きたことになります。ハチ・ハチ・ハチ、『はっはっは』です。悔いなく生きた笑顔の旅立ちを、最後までお見送り頂き、まことにありがとうございました。」

〔殷門(いんもん)〕目頭・頭から足先に至る膀胱経67穴の40番目のツボ。
取穴:お尻のしわ中央〜膝の裏を1尺4寸として上から6寸の位置にある。
治効:疲労倦怠を和らげ「最後の最後まであきらめない」粘りを生み出すツボ。

《作者から一言》義父は本人の希望により自宅で息を引き取った。多忙な仕事を持ちながら芯になって介護を全うした義妹の献身を称えたいと思う。(宮本)



上は殷門の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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