漢方つぼ物語(166)
胆 兪(たんゆ)

〈 和歌山盲学校理療科 経営学授業その1「アメリカン・ドリーム」 〉

 昨晩、私が宿泊マッサージを務めるホテルで、一人の高齢のお客様を治療させていただいた。その方は和歌山県有田郡湯浅町の出身で、ニューヨーク在住の経営コンサルタントだ。同じく湯浅町出身の奥様の願いを受け入れて、年に2度、日本に里帰りされるのだそうだ。マッサージしながら、専門分野のお話をいろいろと伺ったので、お返しに私も、一人の患者さんのお話を紹介させていただいた。するとこの超ベテラン経営コンサルタントはいたく感銘されて、その患者さんの名前をもう一度確認された上で、「今日はたいへん良いお話を聞かせてもらった。どうもありがとう。」と丁寧にお礼を言ってくださったのだ。
 では、日米をまたにかける経営コンサルタントを感銘させたお話をしよう。

***

 お話の主人公は、舩井一夫(ふない・かずお)さん。明治33年生まれの舩井さんは、生まれ育った和歌山市加太の海を眺めながら、海の向こう側に思いを募らせていた。ついに決心して、裸一貫で渡米したのは、二十歳の時だった。
 最初にありついた仕事は、スーパーマーケットの野菜売り場の「野菜くずの掃除係」。ともかくどんな仕事にも全力で取り組むと心に誓っていた。野菜くずを拾いながら、じっと売り場とお客様を観察しているといろんな発見があった。どんな人がどんな季節にどんな野菜を買うのか、舩井さんは頭に刻んだ。
 やがて野菜売り場を任された。それまでの観察は大いに役立った。ほどなく舩井さんはそのスーパーマーケット全体を任された。(これなら自分でできる)、自信を得た舩井さんは独立してスーパーマーケットを持った。経営は順調だった。
 (食材を安く仕入れることのできる利点を活かして事業を拡張できないだろうか?) 
 そう考えた舩井さんはレストランを開業した。これも大当たりだった。季節感を活かしたメニューは多くの固定客を生み出した。舩井さんはさらに考えた。
 (おいしい食事を提供できる利点を活かした新しい事業展開はできないだろうか?)
 試行錯誤ののちに、舩井さんは思い切ってホテル経営に乗り出した。「レストランがおいしいホテル」はたちまち評判を呼んだ。舩井さんはいくつものホテルを経営する「ホテル王」となった。

***

 とんとん拍子のアメリカン・ドリームが途絶えたのは昭和16年の暮れのことだった。舩井さんが数え年42歳の、いわゆる男の厄年の時だった。母国・日本と第二の故郷・米国との間に戦争が勃発したのだ。アメリカ在住の日系人は、すべての財産をはく奪され、「キャンプ」と呼ばれる地に軟禁された。
 「せっかく苦労して成功を成し遂げたのに、さぞかしがっかりしたでしょうね?」
 私は舩井さんを治療しながらそう尋ねた。舩井さんは私の「もっとも遠くから治療を受けにきてくれるお客様」だった。平成の初めごろ、毎年秋に1〜2か月、故郷・加太のいとこさんのお家に滞在された。そのいとこさんが私の患者さんであったご縁で、舩井さんも治療させていただくことになったのだった。
 「いや、そんなには落胆しなかったよ。もともと裸一貫でアメリカにやってきたんだからね。(ふりだしに戻ったな、また一から始めよう)、そう思っただけさ。」
 ところが、舩井さんの努力は決して「ゼロに帰した」わけではなかったんだ。ようやく戦争が終結して自由な生活が戻ったある日、一人のアメリカ人紳士が舩井さんを訪ねてきた。そしてその紳士は舩井さんに、こう言ったんだ。
 「私は君がアメリカにやってきて、スーパーマーケットの下働きから身を起こしてホテル王に至るまでの過程をずっと見てきた。君の誠実さが多くの顧客の心をつかんで成功するさまを、じっと眺めていたのだ。君という人間を担保に、資金を融資したい。君に必要なだけのお金を貸そう。」
 なんと、無担保で無制限にお金を融資してあげる、との申し出だったんだね。戦争のためにすべての財産を失ったと思っていたが、信用という目に見えない財産は生きていた。舩井さんが再びホテル王に返り咲くのに、そう時間はかからなかった。その後、70歳の古希を期して事業を後継者に引き継いで、同じ日系人の奥様と悠々自適の老後を送っておられた。お二人の間に生まれた娘さんはハリウッド女優として成功しているんだとか。絵にかいたような成功物語だが、その根底には、今、目の前に与えられた仕事に全力を尽くす誠実さと、たゆまぬ努力・向上心があったことを見逃してはならないと思う。

〔胆兪(たんゆ)〕背骨の左右両側に六臓六腑の「兪穴」が並ぶ。その一つ。。
取穴:肩甲骨の最下部を結ぶ高さの胸椎3個下の高さで正中線の左右1寸5分。
治効:単身、異国で成功を収めるには丈夫な胃腸と図太い神経が必要であったと思います。胆兪は、まさにその両方を約束してくれるツボと確信します。
《作者から一言》舩井一夫さんは93歳の時に日本にこられて以後、お会いできなくなりました。人なつっこい笑顔が今もまぶたに焼き付いています。(宮本)



上は経営学教科書の写真と胆兪の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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