漢方つぼ物語(172)
中 衝(ちゅうしょう)

〈 四国講演旅行 その1 「香川で人権講演90分」 〉

  手元に、15年前の腹話術ライブショーのチケット半券がある。日付は平成10年11月13日金曜日、会場は大阪なんばのワッハ上方演芸ホール5階だ。そのタイトルは「川上じゅんデビュー記念ライブ親子会!」で、「川上じゅん」の名前の上に「川上のぼるJr.」と添えられている。特別出演は、これまた親子揃っての落語家で人間国宝・桂 米朝の子息、桂 小米朝である。
 我が国における腹話術の草分け的存在、川上のぼる先生の次男・じゅん氏はこの日、このライブで、永く念願であった腹話術師デビューを果たした。

     ***

 「その日」のことを、川上のぼる氏のアマチュアの弟子の末席を汚す私も、鮮明に記憶している。当然、チケットは前売りで手に入れていた。ところが、当時小学校のPTA役員をしていた私は、管外研修でその日、大阪府堺市の人権施設を見学にきていた。時間は刻々と過ぎ、いったん帰宅後、電車でなんばに向かったのでは開演時間に間に合わないことは明らかであった。恩師の子息のデビューライブに遅刻しなければならないとは! 見学は既に一段落しているのに…。卒然と名案が浮かんだのはその時だった。ここから直接ライブ会場に向かえばよい。
 「あのう、南海の堺駅はここから遠いでしょうか?」
 職員の方に尋ねると、思いがけない答えが返ってきた。
 「徒歩で行くには少し距離があります。私、これからマイカーで帰宅しますので、よろしかったら駅までお送りしますよ。」

     ***

  職員の方の思わぬ計らいで、私は余裕をもって会場に到着することができた。私が腹話術にあこがれる最初のきっかけになった川上のぼる先生とその子息のトークは興味津々だった。特別出演の桂小米朝さんは自身の父親と川上のぼるさんを比較して、「じゅんさんは、こども思いのお優しいお父さんに恵まれて、うらやましい限り。私のおやじさんなんぞは気難しくて。」と言って笑わせた。
 私はこの記念すべき川上じゅんさんのデビューライブを遅れず鑑賞できたことを深く感謝し、そして決意した。PTAを通じての人権学習の場から腹話術のライブに直行できたのは、「腹話術を人権啓発に役立てよ」との天の啓示に違いない。今後は腹話術を通じて人権社会建設に尽力しよう!

     ***

  私の決意は徐々に実践の場を与えられることになった。とりわけ和歌山市とその教育委員会・人権委員会主催の人権フェスティバルで「人権のマジック&腹話術」を演じたことは大きな転機となった。公的な行事への出演はインターネットを通じて県外へも知られることとなった。昨年秋、亡き父母の墓参中に携帯電話が鳴った。見知らぬ電話番号からであった。
「宮本敏企先生ですか? 香川県さぬき市の人権同和推進課の者です。私どもの主催で来年1月に開催する人権の催しに、ご出演願えませんでしょうか?」
 私は快諾した。腹話術とマジックを駆使しての人権講演、90分の大仕事だ。
ところが、この冬は冷え込みが厳しく、とうとう私は風邪をひいてしまった。
「そんな声で大丈夫?」
と心配する妻に、私はきっぱりと宣言した。
「人権に対する思いは誰にも負けない。必ず、やりきってみせる。」
 当日の朝、フェリーが徳島港に到着すると、厳しい寒さで吹雪いていたが、不思議なことに風邪はどこかに消え去っていた。

     ***

 「みなさん、はじめまして。宮本敏企と申します。腹話術とマジックで人権のお話をします。さぬき市へ来るのは初めてではありません。これで7回目です。私は四国先達(せんだち)で、四国霊場八十八か寺を6周しております。さぬき市が、第86番志度寺、87番長尾寺、そして88番大窪寺のある市であることはよく存じております。私の生まれ育った和歌山県には弘法大師様の開かれた高野山があります。みなさんの中で、高野山にお参りされた方はいらっしゃいますか? お手を挙げて頂けますか? わあ、さすがお大師様生誕の地、ずいぶんたくさんおられますね。高野参りをされますとそれ以降はすべてが事無く行きます。なにせ『今後無事(金剛峰寺)』というくらいですから。」
 温かい笑いが会場を包んだ。滑り出しは上々だ。人形・太郎との掛け合いで「一つの言葉でケンカして、一つの言葉で仲直り。一つの言葉で落ち込んで、一つの言葉で救われた。一つの言葉はそれぞれに、一つの心を持っている。」
と「人権スローガン」を披露し、正しく見ること、正しく聴くこと、支え合うことの大切さを説く人権マジックも披露して、県外での初舞台を終えることができた。子供たちの発表も拝見し、心地よい達成感を胸に、会場を後にした。

〔中衝(ちゅうしょう)〕胸に始まり腕の前面中央を下りる心包経9穴の最終穴。
取穴:中指の先端、または中指の爪の付け根で親指側。(部位が2説ある。)
治効:イライラを鎮め、ケンカを防止する。中指の先は頭のてっぺんに対応。
《作者から一言》会場は田園風景の中にあり、人はみな、優しかった。(宮本)



上は中衝の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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