漢方つぼ物語(176)
幽門(ゆうもん)

〈 腹話術協会と私のボランティア物語 その1 〉

 ボランティア団体連絡協議会年次総会の後の交流会という意義深い席上で、お話しさせて頂けますことを心から光栄に存じます。私は発足33年を迎える和歌山県腹話術協会の副会長をつとめさせて頂いております、宮本敏企です。 
 本日のお話のタイトルを「物語」としたのは、思い入れがあります。物語になくてならないのは「奇跡の出会い」と「感動の展開」だと思うのです。では、腹話術協会誕生にまつわる奇跡の出会いから、お話を始めさせて頂きます。

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 昭和54年頃、和歌山市立名草小学校に西嶋悦子さんという先生がいました。家庭科を担当する傍ら給食教育にも携わっておられた西嶋先生は、子ども達に偏食や食べ残しが多いことが気がかりでした。頭ごなしの指導よりも、なにか効果的な方法はないかと、あれこれ考えをめぐらすうちに、ある奇抜な方法を思いつきました。それは腹話術を用いるというアイデアです。当時、腹話術といえば川上のぼるさん。川上さんは、わが国における腹話術の草分け的存在です。行動力のある西嶋先生は、新聞社で川上さんの住所を教わり手紙をしたためました。返事はすぐにありました。川上さんから電話がかかってきたのです。
「もしもし、和歌山の西嶋先生ですか? 腹話術の川上のぼるです。ご依頼の件、ぜひともお力になりたいです。私はラジオ番組『ハリスクイズ』で全国の小学校を巡ってデビューしました。小学校の教育にお役にたてるなら、何よりの恩返しになります。そちらへ行ければいいのですが、多忙で、その時間を取れません。こちらへお越しいただければ喜んでお教えします。」
 西嶋さんは春休み、そして夏休みを利用していそいそと大阪府茨木市の川上先生のスタジオに通いました。そしてある程度の自信がついたところで夏休み明けの新学期から、人形片手に子どもたちに向かいだしたのです。
 というわけで、奇跡の出会いの第一幕は、小学校教諭・西嶋悦子さんとプロ腹話術師・川上のぼるさんとの出会いでした。

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 坂口全彦さんは昭和54年当時、和歌山市教育委員会保健体育科主事の役職にあり、主に中学校の指導にあたっていました。その日、名草小学校を訪問したのは、校長先生から特別に依頼を受けたからでした。各教室を見て回っていた坂口先生の目は、一人の先生のユニークな授業風景に釘付けになりました。    
 校長室に戻ってから、坂口先生は校長先生にこう言いました。
「今、腹話術の人形を使って授業している先生がありましたね。あの先生を、ここに呼んでもらえませんか?」
 これが奇跡の出会いの第二幕です。私は断言できます。もし坂口先生が西嶋先生に出会わなければ、和歌山県腹話術協会は誕生しなかったでしょう。坂口先生は西嶋先生から、授業への腹話術導入のきっかけと経緯をきき及び、これはぜひとも世に広めるべきだと考えました。やがて川上のぼるさんに腹話術を教えてもらえるなら私も習いたい、と何人もの人が集まってきました。
 西嶋先生と坂口先生の出会いから1年余りを経た昭和55年12月15日、ボランティア団体和歌山県腹話術協会の記念すべき第1回例会が開かれました。
 学校の先生は授業に、保育園の先生は園児達への語りかけに、消防士さんは防火に、交通指導員は交通安全に、腹話術は会員それぞれの職業の場で、なごやかな笑いと交流を生み出していきました。その後も、僧侶、歯科医師、はり灸マッサージ師(これは私です)と意欲的な人材がメンバーに加わることで、腹話術人形のおしゃべりはさらに多彩な展開を見せてまいりました。

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 毎年1回開催される腹話術発表会は平成22年秋には30回目を数え、毎月の例会は今月で360回を重ねます。会員数は30名余りで、県内はもとより大阪府下にも広がっています。腹話術で脳梗塞の後遺症を克服し、車いすなしで歩けるようになった会員、ジュースを飲み風船を膨らませる人形を手作りする会員、人形に南京玉すだれを演じさせる会員、人形とディスコダンスを踊る会員、はたまた永く連れ添った夫の死を乗り越えて、余生を腹話術に捧げようとする会員等々、一人ひとりがテーマをもって、腹話術に取り組んでいます。メンバーの平均年齢は発会当初よりかなり高くなりましたが、工夫をこらしたボランティア精神はますます盛んです。
 30年以上一貫して腹話術のボランティアを続けていることが評価されて、公的な、また民間の、補助金を頂戴するまでになったことは喜ばしいことです。
 この2月20日、和歌山県腹話術協会の母・西嶋悦子さんが87歳の天寿を全うされました。この発表を、西嶋悦子さんのご霊前に感謝を込めて捧げます。

〔幽門(ゆうもん)〕足裏に始まり脚の内側の後ろ〜腹・胸を上る腎経第21穴。
取穴:みぞおちより1寸下の高さで、からだの中心線(正中線)の5分外側。
治効:おなかから胸に通じる「幽(かす)かな門」という意味のツボ。まるで腹話術の本質を暗示するかのようだ。咳・しゃっくりに効き、胃を調える。

《作者からの一言》坂口先生と同行、西嶋先生のご霊前に花を手向けた。(宮本)



上は幽門の図/西嶋先生の祭壇

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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