漢方つぼ物語(177)
紫宮(しきゅう)

〈 腹話術協会と私のボランティア物語 その2 〉

  これより私自身のボランティア物語に入ります。
  昭和30年代終盤のある日、小学生の私は母に連れられて、大阪の劇場でその当時絶大な人気を誇っていた一人の芸能人のショーを見ていました。その人の名は川上のぼる。人形の坊やとの掛け合いは絶妙で、トランクにしまわれた人形が、「痛い、痛い。足をはさんでるやないか!」と叫ぶに至って、会場の笑いはひときわ大きくなります。川上さんと人形の姿は私の脳裏に印象深く刻まれ、世の中にこんなに面白い芸能があるのか、と強い感動を覚えました。
「ねえ、だれか腹話術を教えてくれる人はないかなあ?」
「腹話術? 川上のぼる以外に、腹話術ができる人なんかそうはおらんぞ。」
 そんなやり取りを、周囲の大人との間に交わした記憶があります。それほどに、私は腹話術に魅了されていたのです。
 その憧れの人との“再会”を果たすには20年近い歳月を要しました。そして、それは思いもかけないドラマティックな形でやってきたのでした。
「私、この春で教職を退こうと思っているの。学校の先生は退職すると、ぼけ易いっていうでしょ。私、ぼけないように面白いことはじめたのよ。」
 家業を継いで間もない私の治療院に来てくれた小学校の先生に、私は思わず尋ねました。
「面白いことって、何ですか?」
「腹話術よ。」
 その瞬間、私の頭の中に大阪で見た忘れがたいショーの映像がよみがえりました。私は重ねて尋ねました。
「腹話術って、川上のぼるさんがする、あんな腹話術?」
 その問いに対する答を聞いたとき、私は目がくらみそうになりました。
「その川上のぼるさんが、教えに来てくれるんよ!」
 なんと坂口先生を会長に、西嶋先生を事務局にスタートした腹話術協会に、この頃、川上のぼるさんが指導に来てくれていたのです。
 私はこの日から、「あきらめずに願い続けていれば、夢は必ずかなう」と信じるようになりました。そして迷わず発足2年目の腹話術協会に入会しました。

***

 幼い時から人を笑わすのが好きで我流の落語などを創作していた私は、嬉々として腹話術に打ち込みました。でも今から振り返れば、この頃の私の腹話術は、自分の趣味に周りを巻き込むだけの腹話術であったように思います。私の腹話術に全く別の意味が加わったのは、十数年前のことです。
 発表会のすぐ後、私の友人からこんな話を聞いたのです。
「私のいとこが通りがかりに、たまたまあなたの腹話術を見たらしいの。あんまり馬鹿馬鹿しくって思わず大声で笑っちゃったって。こんなにお腹の底から笑ったの、何年ぶりだろうって思ったって。実は、このいとこ、気の毒な境遇で、結婚して次々と子供に恵まれたのだけど、心の病にかかり実家に帰って、子供と離ればなれのまま、長い療養生活を送っているのよ。」
 初めて観客の素顔を見た思いでした。といっても、この方について、私は今に至るも、お顔もお名前も存じないのです。でも私はこのお話をきいて決心しました。来年の発表会は、この人のために演じよう。私の決意を応援するかのように、妻の妹がアメリカ旅行の土産にアラジンの魔法のランプの大男の腹話術人形をプレゼントしてくれました。これで演題も決定。「すべての願いを叶えます!」人形・太郎が「歯が生え揃いたい」といえば瞬時に歯が生え、花子が「金髪の素敵な髪型になりたい」といえば即実現する。机の下で待機していて、入れ歯とカツラをかぶせる役は小学1年の次女・知佳が引き受けてくれました。本番は大成功。拍手喝采にすっかり味を占めた娘とは、これを機に小学校卒業まで「親子腹話術」のコンビを組みテレビの素人名人会で名人賞も頂きました。
 ちょうどその頃、尊敬する川上のぼるさんのご子息・川上じゅんさんがプロデビューされました。ぜひとも拝見したいデビューライブの日に、私はPTAの役員として人権の研修で大阪府堺市に来ていました。オープニングに間に合うかと気をもんでおりましたら、訪問していた人権施設の職員の方が、親切にも駅まで送って下さったのです。おかげで私は余裕をもって会場に到着、恩師の子息のデビューを見届けることができました。これは腹話術を人権に活かすべし、との天の啓示と直感、以来、人権腹話術は私のライフワークとなりました。
 腹話術をやっていなければ到底出会うことがなかった人々との得難い交流の中で、今後も感動を分かち合い、希望を語り合い、そして共によりよい未来を見つめて参りたいと念願しています。本日はご清聴、ありがとうございました。

〈平成25年4月23日 和歌山県NPOボランティア団体連絡協議会交流会にて〉

〔紫宮(しきゅう)〕からだの正面中心線(前正中線)を上る任脈の第19穴。
取穴:胸の中心部にある骨の本体部(胸骨体)上方、第2・第3肋骨間の高さ。
治効:腹話術の大敵である咳や気管支炎、胸の苦しさを取り除く頼もしいツボ。

《作者からの一言》知佳は今、大学生で世界中を旅行しまくっている。(宮本)



上は紫宮の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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