漢方つぼ物語(179)
手五里(てごり)

〈 春法事 〉

 私の菩提寺である浄土真宗 永正寺は、五百年の歴史を刻む蓮如上人ゆかりの寺である。数年前の春法事で、子どもたちを対象に腹話術でお釈迦様のお話をさせて頂いたが、今回は僭越にも、大人の檀信徒にお話しする機会をお与え頂いた。

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 まことにご無礼ながら、まずはなぞなぞをお出しいたします。すぐそこまで近づいているのに、全く見えてこないのは何でしょう? 答は“あの世”です。
 私たちは死の近くにいながらも、なかなかわが身のこととして実感できずにおります。周りの人が天寿を全うして亡くなったとき、(自分もいつかはこのように死を迎えるのだな)と思い、まだ若い人が不慮の死を遂げるのに接したとき、(ああ、このように死が突然に訪れることもあるのだ)と感じます。ちょうど1週間前、早朝に震度4弱の地震がありました。とうとう南海地震が襲ってきたか、と肝を冷やしました。18年前の阪神大震災は6千人、2年前の東北大地震は2万人もの尊い命を奪いました。私がこうしてお話している間にも天災が襲って、私たちが一人残らず死んでしまうかもしれないのが現実です。明日といわず、次の一瞬のわが身さえ定かでない。これを仏法では“無常” と教えます。常はない、すなわち命あるものはすべて死を迎えるという意味です。

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 龍谷大学で学ばれた若い僧侶のお話を伺ったことがあります。経典を研究する科目の担当教授が、たいへん厳しい方であったそうです。「経文の一字一句は、み仏の魂である」というのが口癖で、その言葉通りお経の中の漢字の一点一画をもおろそかにしない講義ぶりであったといいます。その熱心さが報われて、晴れて大学の学部長となられました。ところが、あまりに張り切りすぎて身体にご無理が重なったのか、ご病気を患われてしまったのです。脳梗塞でした。半身が麻痺して言葉も発しにくくなられた。教え子たちが心配して、入院先の病院へ見舞いに行きました。数か月を経て、恩師から一通のはがきが届いたのだそうです。見舞いに対する礼状でした。そのはがきを読んで驚いたのだそうです。力なくぶるぶる震えたような文字で、しかもわずか数行の文章の中に、いくつもの誤字があったのです。いかにご病気のせいとはいえ、あれだけ一字一句をもおろそかにしなかった先生が、と胸のふさがる思いがしたそうです。  
 しかし誤字よりも更に心に迫ったのは、その内容でありました。
 「私は講義の中で君たちに、しきりに無常ということを説いた。形あるものは壊れ、命あるものはついえると、繰り返し説いてきたと思う。私は嘘ばかりを言ってきたと、申し訳なく思う。嘘と言って悪ければ、観念ばかりを教えてきたと言い換えてもよい。なぜならば、私は、私自身が、このたびの病を得て、初めて無常の意味を知ったと思うからだ。」

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 昨年の12月中旬に、私は市内の公立中学校のご依頼で、高校入試の迫った3年生を対象に、道徳の特設授業をさせて頂きました。タイトルは「優しさで人を包もう、そしてともに笑おう」というもので、難解ながら、あえて無常をテーマにお話をさせていただいたのです。東北大地震で大好きな祖母を助けられなかったことを悔やむ女子大生の体験を軸に、限りある命を、いつ果てるかもしれない一度限りの人生を、いかに生きるか、と問いかけました。約一か月後、その中学校から分厚い封書が届きました。生徒たちの感想文でした。
 「私は人生を後悔しないように生きたいです。私たちは、いつ死ぬかわからないし、後になって自分が後悔をするのがいやだからです。(女子)」
 「いつ死んでしまうか分からない命を、周りの人のため、幸せをふるまう力として燃やし、生きていきたいと思いました。(男子)」
 「いつなにがおこるかわからない現在、今だからできることをやらないといけないと私は話しを聞いて考えました。まずいますぐできることは家族・友達を大切にすることだと思います。今は受験とかで親とケンカばっかりだけど、やっぱり、自分を生んでそだててくれたんだから感謝しなきゃいけないと思いました。(女子)」
 びっしりとつづられた多くの感想文に目を通して、私はこんな返事をしたためました。
 「道徳のお話をさせて頂いたおりは、熱心に私の話に耳を傾けてくれてありがとう。今日、みなさんの感想文をお届け頂きました。生きることについて、みなさんが真剣に考えてくれたことが見て取れました。どうかいつも自分の人生の主役でいてください。みなさんがたの幸福とよき出会いを祈っています。」
〈平成25年4月20日 和歌山市永穂 浄土真宗 永正寺 春法事にて〉

〔手五里(て・ごり)〕大腸経で、肘下2寸の手三里に対して肘上3寸にある。
取穴:肘のしわの端と、腕の付け根前の凹みを結ぶ線の肘寄り10分の3に。
治効:脳血管障害の後遺症の一つである腕のしびれなどにも応用できるツボ。

《作者からの一言》お寺の本堂で、腹話術でなくお話をさせて頂いたのはこれが初めての経験だった。はるか年配の役員さん方にご清聴を賜って恐縮した。



上は手五里の図/永正寺本堂

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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