漢方つぼ物語(181)
会陽(えよう)

〈 歌集「名勝」出版記念祝賀会 〉

 平成25年5月12日昼、和歌山市堀止のがんこ六三園において、四十余名の列席のもと祝賀の宴がもたれた。公認会計士であり永年にわたり俳句・短歌をいそしむ和歌山市和歌浦在住の土山忠治さんの歌集出版を記念する集いである。
 土山さんは昭和45年頃、私の両親が営む治療院の患者として治療に通って頂いていたご縁で、以来永らく納税の指導を賜った。ご長男が私と高校の同期生、またご次男の下の息子さんと私の次女が中学校の同級生と深いご縁がある。

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 歌集は祝宴の招待状と共にお送り頂いた。約五百首の短歌からなる本格的な歌集である。ご自身の誕生以来の歩みを時系列で振り返る作品群が中核をなし、住まいのある万葉の名勝・和歌の浦を称える一連の歌で締めくくられている。
 私が感動したのは、中学一年の夏休みに土山家に養子縁組した直後の歌。
  母われを溺愛すれどなかなかにわれは馴染めず日を送りたり
  蔵の中に居りたる母に思いきってわれ呼びかけり「お母さーん」と
  蔵の中より飛び出でし母われを抱きしめてただ泣くばかりなり

 また奥様とのお見合いのおりのエピソードを歌った作品もほのぼのと優しい。
  小溝ありわれ手を延べて越させたり知らず知らずにしかと握りて
  お見合の様子聞かれて「手を取りて溝越えさせて呉れし」と話す
  松島*の人ら大いに喜びて「やさしき人よ」「嫁に行きな」と
            *松島―実家の姓

 私は「出席」との返信はがきに、次の短歌を添えて投函した。
  幾百の歌を連ねて映し出す人と時代と万葉の四季

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 祝賀会のプログラムの中で、私は重要な役割を頂戴した。開宴冒頭に腹話術で会場をなごませてほしいとのご依頼。もちろん快諾した。腹話術協会の会長から礼服を着た人形・ゴンちゃんを借り、若い時の土山さんとしておしゃべりし、アラジンの魔法のランプから大男が登場、札束と長い木(長生き)をとりだす決めネタで締めくくった。場内が一気に打ちとけたところで私と同年代の方が乾杯の音頭を取られたのだが、この方の名前に驚いた。私の戸籍名と全く同じ「年起(としき)」さん。後で確かめたところ、私と同じ名付け親の命名らしい。名刺を交換して、互いに人生で初めての同名の人との出会いを楽しんだ。
 その後、参会者の中から数人がスピーチをなさったのだが、和歌山の語り部たらんと望む私にとって、いずれも興味津々のお話。宴席のクライマックスは万葉の研究で近年、叙勲の栄に輝いた永廣禎夫(えひろ・さだお)先生による講演「万葉とわか山」。玉津島神社歌会で選者をつとめられたおりに、土山さん投稿の「赤人に詠われ芭蕉訪ね来し名勝和歌の浦はわがふる里ぞ」を大賞に選んでくださったご縁で、この祝宴への臨席を乞うたところ快く受けて頂いた由。万葉集四千五百首中、和歌山ゆかりの歌が百首余りあるとのお話にはじまり、和歌山の地名の由来とされる山部赤人の有名な歌「和歌の浦に潮満ちくれば…」は長歌から始まる作品の、反歌の一つであることなど、短時間ながらも今回の歌集のテーマにふさわしい万葉講座に参会者一同酔いしれた。
 圧巻はお礼の言葉に代えての土山さんの狂言披露。恵比寿さんがこの会場に突如現れたので大広間にお通ししようとすると「大広間は嫌いじゃ、八畳の間も四畳半も好かぬ、わしは皆の半畳(繁盛)が好き」との絶妙の落ちを、米寿とはとても思えぬ張りのあるお声で演じられ喝采を博した。

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 私にとって忘れがたい一コマは、永廣先生のご講義の後。司会役をつとめる土山さんのご長男・能孝(よしたか)さんが、「万葉の歌碑建立のエピソードなど、興味深いお話を賜りました」と受けた言葉に、私がかみついたシーン。
 「ただいまの司会者のコメントで、『カヒ(歌碑)』というべきところを二度、『カシ』と発音された。ヒをシと発音するのは東京訛りであります。いかにお仕事で関東暮らしが長かったとはいえ、紀州人は断じてヒをシなどと発音してはなりません。『カラダ』は『カダラ』、『ぞうさん』は『どーさん』でないといけない。能孝さんは和歌山県民であることの誇りを取り戻し、できるだけ早くご父母のもとに帰られて、孝養を尽くされんことを、高校時代の同級生として切に要望する次第であります。」
 打合せなしの突然の“抗議”に対する能孝さんの返しは秀逸であった。彼はすぐさまマイクを取って、こう言ったのだ。
 「私の言葉の中に、重大な『カシ(瑕疵=法律用語でキズのこと)』がありましたことを深くお詫び申し上げます。」

〔会陽(えよう)〕目頭から足の小指に至る膀胱経67穴のほぼ真ん中、第35穴。
取穴:膝を胸に抱く姿勢(またはうつ伏せ)で脊柱最下端、尾骨下端外方5分。
治効:年齢的にも足腰の弱りがちな土山さんの健康長寿を祈って用いたツボ。

《作者からの一言》前日の雨風はすっかり止んで好天に恵まれた。庭園の映える会場は終始盛り上がった。土山さんに「次はぜひ句集を!」と要望すると、「私はほどなく90歳。それは苦渋(九十)の選択ですね」、とほほ笑まれた。



上は会陽の図/歌集「名勝」と祝宴プログラム

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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