漢方つぼ物語(183)
大都(だいと)

〈 ピンピンコロリの一考察 〉

 ピンピンコロリ、略してPPKという。年をとってもピンピン元気でいて、寿命が尽きたらコロリと死ぬことを言う。「そんな死に方は事故死でしかありえない、はた迷惑この上ない」と批判する人もある。しかし私はピンピンコロリの典型ともいうべき亡くなり方をした人を一人、知っている。

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 気功は今も人気の健康法で、とりわけ太極拳は世代・性別を問わず一緒に楽しめる模範的な気功法で、意識と呼吸と体の動きの調和を生み出す。昭和50年代の半ばごろ、NHKテレビで紹介されてブームを起こした。平成の初め頃になると様々な気功法が紹介され多くの人が気功に関心を持ち、また実践した。
 私は鍼灸マッサージの専門学校生だった昭和55年春、友人の勧めで太極拳を習い始めた。大阪の産経学園という新聞社系のカルチャースクールのカリキュラムの一つに、楊 名時(よう・めいじ)先生の太極拳があった。この楊先生こそ日本でブームの火付け役となった方であった。その後、津村 喬(つむら・たかし)さんが会長を務める関西気功協会に入会、中国・北京での気功研修に参加するほど熱心に取り組んだものだ。
 そのころ、和歌山にも割り勘で講師の先生を呼んで、定期的に集まり熱心に気功を学ぶグループがあった。その世話役を引き受けてくれていたのが、松本紀(おさむ)さんという方だった。会社を定年退職したころから気功に親しみ、進んで世話役を買って出てくれていた。いつも笑顔を絶やさない、物腰柔らかな方だった。

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 その松本さんが急死されたと聞いて驚いた。その前日も気功教室が催され、元気に参加されていたからだ。死因を伺って二度驚いた。全身がんだったというのだ。ほとんど全内臓にがんが広がっていたのだという。家の方が「前の日まで気功に没頭していたのですが」と言うと、医師は「とても信じられない、この状態で身動きできたはずがない」と断定したのだという。
 私は思う。人間の肉体は「気の器」に過ぎないのではないかと。たとえ器である肉体がボロボロであっても、そこに気が満たされ、充実していればまるで何一つ異状がないかのように、からだを自在に動かせるのではないか。そう考えないと、松本さんの生と死を説明できないではないか。

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 そうした考えを裏付ける臨床経験もある。漢方の古典的診断法で、脈診法と呼ばれるものがある。左右の手首6か所に、指を軽く触れたときと、少し圧をかけて触れたときで合計12の脈をみる。それが六臓六腑の状態を示している。六部定位(ろくぶじょうい)の脈診法といって、これによって東洋医学独特の体質・体調のパターンである「証(しょう)」を見分けることができる。その場合の特徴的な一つのパターンとして、12の脈上の内、11までが極端に弱く、ただ一つ「脾(ひ)の脈」のみが元気に打っている、という患者がときたまおられる。こうした方は、「体全体はとことん弱り切っているのに、気力ひとつで体を引っ張って生き抜いている」というべき状態であることが多い。亡くなる直前の松本 紀さんの脈をとらせて頂けていたら、多分このタイプの脈状であったと思われる。
 先日、中年の方でこれと正反対の方を見させていただく機会があった。12の内、11の脈は元気に打っているのに、唯一、脾の脈のみ触れない、というタイプであった。
 「う〜ん、他の脈は元気なのに、脾の脈だけ弱っていますね。」
と私が言うと、
 「それはどのような意味があるのですか?」
とお尋ねになる。
 「漢方的には脾はやる気、意欲や気力と関わる経絡であるとされています。」
と答えると、くだんの患者さん、
 「今日、職場で上司に、『君、もうちっとやる気を出せんのか!』といわれたところです。」
とおっしゃったので、大笑いになった。
 「気を病む」から「病気」という。その「気」は決して「気のせい」ではなく、目には見えないが確かに生命を力強く導いているエネルギーの流れであると確信するものである。

〔大都(だいと)〕足親指から胸に至る、意欲を生み出す脾経21穴中の第2穴。
取穴:足の親指の付け根の関節の内側指先寄りのくぼみ。足裏・足の甲の境目。
治効:なんとなく気合が入らないといった全身倦怠に。胃腸の不調や冷えにも。

《作者からの一言》 気功には、人に気を送る外気功と自らの気を養う内気功がある。内気功の一功法(気功の実践法)が太極拳である。重心を高くして行うと軽い運動であるが、重心を落として行うとかなりハードな運動ともなる。同じ動作で運動量を調節できるので、老若男女が一緒に楽しめる。(宮本)



上は大都の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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