漢方つぼ物語(184)
四縫(しほう)

〈 伝法院地蔵盆 〉

 和歌山市の東部の地に、伝法院というお寺がある。寺の間近には、四季の郷公園もあり、季節感の豊かなのどかな環境である。25年前に、この寺の住職が40代の若さで没した。住職夫妻には子供がなく、残された夫人は身を引いて寺を本山に委ねようとしたが、村の檀家たちが引き留めた。
 「ぜひ住職を引き継いでほしい。わしたちが精いっぱい支えるから。」
 その熱心さにほだされて住職の妻は僧侶の資格を取得し、住職を引き継いだ。檀家の人々は説得したときの言葉通りに新しい住職を支えて、寺はかつてにも増して、村の交流の欠かせない中心となった。

     ***

 寺の年中行事の一つに地蔵盆がある。子供を守ってくれるお地蔵さんの縁日は24日。関西では8月24日に地蔵盆が催されることが多いが、ここ伝法院では関東風に、7月24日に催してきた。私の家のご近所にある延命院のご紹介を受けて伝法院の地蔵盆に毎年、腹話術とマジックで出演させて頂くようになって20年近くになる。午後9時ごろに妻と長女を伴っておじゃますると、たいてい檀家の子供たちによる「お楽しみ演芸ショー」の真っ最中。ご住職が仕込んだ踊りや寸劇もあり、ハイレベルなエンタテインメントである。私以外の特別ゲストが招待されていることもあった。私は常にトリで演じさせて頂くのが常だ。ここでの演技は私にとっても楽しみとなっている。もともと反応の良い子供たちが集まっている上、毎年出演させて頂いているうちに次第に気心が知れて、舞台と桟敷が一つになって、なんとも愉快で和やかな空間が出来上がるのだ。

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 だが、この地域も少子化の影響は免れ難く、年々数が減っていく子供たちが例年と同じ出し物を確保しようとすると、何回も出番が回ってくることになる。それに加えて、夫亡きあとかいがいしく寺を守ってきたご住職にも、さすがに老いの影が忍び寄っても来た。この春、しばらく病の床に就いたと聞く。少子高齢化は拭いがたい影を落としつつあったのだ。
 しかしここに至って朗報がもたらされた。前住職、すなわち住職の亡くなったご主人の甥の子息にあたる若者が、寺を引き継いでくれることになったのだ。最も喜んだのは檀家の人々だ。いつも地蔵盆を行っていた座敷の間を改築してゆくゆくは住職となるこの若者のために、庫裏を建てましょう、といってくれたのだ。

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 春から初夏に移るある日のこと、伝法院のご住職が事の経過を報告するため拙宅まで足を運んでくださった。話の結論としては、もう例年のように地蔵盆を催すことができなくなった、ということだった。一抹の寂しさは“年一度の客人”に過ぎない私の胸にもよぎったが、大学を出て間もない若者が、それも前住職の血縁である方が、お寺を引き継ぐ決心をしてくれたことのうれしさのほうがまさっていた。昨年行ったおりに、「来年はマジックを教えようね」、と約束していたことを思い出して、「で、今年の地蔵盆はどうなりますか?」と尋ねると、開催の予定はない、との答え。私より妻が残念がった。あまりに妻が残念そうな顔をしたせいか後日、子供たちの出し物はないのだけれど、腹話術とマジックだけ演じてもらえますか、とご依頼があった。私は快諾した。これが最後の機会になることを覚悟して、(有終の美を飾ろう、子供たちの想い出に残る演技をしよう)、と強く心に誓った。

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 当日、いつもより2時間早い午後7時にお寺に到着すると、ちょうど地蔵盆のお勤めと儀式が始まるところだった。読経の流れる中、大人も子供も一緒になって、108本のろうそくを手渡しリレーでお地蔵様にお供えする儀式。手に蝋(ろう)が垂れて、熱いと叫ぶ子供もいる。儀式の後、お地蔵様を背に、いつもと違う野外での演技。
 「いま、おろうそくのろうが手に垂れて熱かった人、きっといいことがあるよ。お地蔵様が守ってくれる印だ。お礼を言わなきゃ。『ろうもありがとう』ってね!」
 つかみのネタ、大うけ、背にしたお地蔵様の思いを受けて、「みんな、仲良く助け合おう。戦争のない世の中をつくろう!」と、子供たちに熱く語りかけた。
 僧侶になるため本山で修行中の、くだんの若者にご挨拶をした。すると若き後継者は丁寧に自己紹介した後、こう言ってくれたのだ。
 「どうか来年もお越しください。これからもよろしくお願いします!」

〔四縫(しほう)〕正規のツボではないが効き目の確かな「奇穴」のひとつ。
取穴:人差し指・中指・薬指・小指の第2関節、掌側のしわ中央。左右8穴。
治効:小児の交感神経緊張症ともいえる疳虫症(かんむししょう)に用いる。

《作者からの一言》 虐待に自然災害。現代ほど地蔵菩薩の加護を望む時代はありません。子らの明るい笑顔こそは地球の宝、未来を照らす光です。(宮本)



上は四縫の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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