漢方つぼ物語(187)
伏兎(ふくと)

〈 川上のぼる先生と私 その2 〉

 川上のぼる氏は昭和26年にラジオ番組でデビュー、学生タレントの先駆であった。テレビの時代を迎えて、人形とのおしゃべりは一層の喝采を浴びた。昭和62年の春、氏は人民政府の招待を受けて、中国で腹話術を披露することになった。まずは上海公演でスタートを切り、キャラバン隊を従えて、沿道で腹話術を演じながら古都・西安の公演で締めくくるという、デビュー35周年記念の一大行事となった。小学生の時からあこがれ、後に直接指導を賜る光栄を得た、かの「元少年」は氏の芸能人生のエポックとなるこの中国公演を観賞するツアーに参加し、腹話術が中国の人々をも魅了する様子を目の当たりにした。

     ***

 平成3年1月20日に和歌山県民文化会館で催された第10回腹話術発表会に、特別ゲストとして川上のぼる氏が出演した。発会10年目の大きな節目を祝うこの発表会で、「元少年」は礼服姿で司会の大役をつとめた。演技を終えた川上のぼる先生に司会者が、観客に成り代わって、いくつかの「代表質問」をするシーンがビデオに残されている。
司会:川上先生への第1問。やはり時代は財テクブームですね。そこで質問、「芸人はもうかりまっか?」
川上:まじめに一生懸命、自分の芸に打ち込んでおりましたら、なんとか暮らしていけます。不義理をしたり、約束を破ったりしてはいけません。
司会:先日、川上先生デビュー40周年のお祝いの席で、素人名人会の審査委員長である大久保玲さんが川上先生を称して「芸能界のプリンス」とおっしゃいましたが、その言葉の意味が今のお答えで分かった気が致しました。次に女性からの質問。「お肌の手入れはどうなさっているのですか?」
川上:身ぎれいにすることが大事です。ぬるま湯で洗顔し、てかりはパウダーで抑えます。それと、しょっちゅう鏡を見ます。鏡の中の自分を見て反省すること、それが若さを保つ秘訣です。
司会:ちびっこからの質問です。どうか子どもの夢をこわさないようにお答えください。「どうして人形がおしゃべりするのですか?」
川上:人形と私の心が通じて、自然と人形からお返事が来るんです!

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 平成25年2月20日、和歌山県腹話術協会誕生の最初のきっかけを作られた元小学校教諭・西嶋悦子氏が亡くなられた。腹話術協会の副会長の役職についている「元少年」は、川上のぼる氏と、その子息でプロ腹話術師として活躍中の川上じゅん氏にその報告をした。じゅん氏から次のようなメールが届いた。
 「父・川上のぼるは自慢の歯も抜け、足腰も弱り、かつて万年青年と言われた面影はもはやありません。幸い、母は元気なので自宅で養生しております。」
 同じ年の9月8日のお昼前、市外の催しに招かれ腹話術を演じていた元少年に、和歌山県海南市出身で川上氏の弟子・千田やすしさんから連絡があった。
 「川上先生は昨夜、平成25年9月7日の午後10時17分、お亡くなりになりました。通夜は9月9日午後7時、告別式は10日午前11時から…」
 心不全、享年83歳。昭和4年12月11日のお生まれであるから、あと三月で満84歳をお迎えになるはずであった。和歌山県腹話術協会は発足33年目の年に、産みの母と育ての父を、相次いで喪ってしまった。

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 元少年は万感の思いを胸に、恩師・川上のぼる先生の通夜に参列すべく和歌山駅から新大阪を経て、JR茨木駅に向かった。茨木市駅の一つ手前が千里丘、13年前の年の暮れ、娘と素人名人会の予選を受けに来た忘れがたい場所だ。車中、腹話術にまつわるあまたの想い出が駆け巡る。小学生のときに師に憧れてから、還暦を過ぎた今に至る半世紀余の記憶の数々が…。  
 香奠は辞退するが供花はお受けするとのことで、式場は花でうずもれていた。落語の桂文枝師匠。その横にはいっこく堂。他にもお笑い芸人の名前がずらり。
 川上のぼる一門の花のすぐ左に、和歌山県腹話術協会の花が供えられていた。しめやかな読経の中、ご家族・ご親族、そして弔問客の焼香が続く。祭壇正面に若々しい師匠の遺影が飾られ、傍らに坊やと女の子の人形がたたずむ。
 奥様とご子息にご挨拶をすると、「遠方からよくお参りにお越しくださいました」と丁重なお言葉を賜った。「元少年」は50年の感謝をこめて弔電を送った。
 「川上のぼる先生にあこがれ、お教え頂いた腹話術が、私の人生を笑顔いっぱいの豊かなものにしてくれました。お別れに際し、心からの感謝を捧げます。長い間、ありがとうございました。和歌山県腹話術協会 宮本敏企」
 師匠の遺影が、私に微笑みかけてくれた気がした。

〔伏兎(ふくと)〕肺経と上下関係、大腸経と表裏をなす胃経の大腿部のツボ。
取穴:膝の皿外上角と腰骨の前の出っ張りを結ぶ線上、膝から6寸上に取る。
治効:足腰の痛みや麻痺、膝の冷えに。川上先生のこのツボを治療したかった。

《作者からの一言》川上のぼる先生のエンターテナー精神は不滅です!(宮本)



上は伏兎の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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