漢方つぼ物語(188)
築賓(ちくひん)

〈 ケアマインド落語「遺伝子相談所」 〉

 和歌山県立医科大学三葛キャンパス大講義室いっぱいのお客様でございます。ようこそお越しくださいました…って、やってきたのは私の方なのでございますが。さてこれから展開いたしますお話は、近未来、つまりちょっとだけ先に、このぐらいのことは起こるだろうという、そんなお話でご機嫌を伺います。

 「はい、お次の方。どうぞお入りください。すでにご承知かと存じますが、当遺伝子相談所は、ご懐妊間もないご夫婦の受精卵を仔細に点検の上、必要と思われるアドバイスを提供することを以て業務としております。ではさっそく、お客様の受精卵を点検した結果をご報告いたしましょう。
まずお伝えしなければならないことは、あなたがたご夫婦には、二卵性双生児が宿っておられる、ということでございます。男の子と女の子の双子でございます。ま、そんなに興奮しないで落ち着いて最後まで説明をお聴き下さいね。
で、結論から申しますと、そのうちの男の子のほうはダウン症を持っておられます。え? ダウン症をご存じない? それでは簡潔に解説いたしましょう。
ダウン症は、またの名を「21−トリソミー」と申しまして、え? トリソミーって、ヤンキーが額の角を青々と剃ってるやつか、って? それはトリソミーでなくて剃り込みですね。トリソミーのトリとは数字の3を表します。トリプルとかトリオという、その「トリ」ですな。ここでは染色体が3本あることを意味します。21番目の染色体が、本来は2本でいいところを1本多いわけですな。
その結果として、いいことはあまりございませんでな、まずは知能が遅れます。人並みの半分と思って頂きましょう。それにさまざまな合併症が出ることがしばしばです。お宅様の場合は先天性の心臓疾患をお持ちのようです。ま、何回か手術を重ねると症状はかなり良くなるようではありますが。
次に寿命でございます。昔は20歳までも生きられない、などと言われた時代もありましたが、医学の発達のおかげで最近は60歳以上生きる人も珍しくはないようです。ただ、そのう、当相談所と致しましては、このようなスタートからつまずいているようなお子さんは、ご面倒を避けるためにも、堕胎なさることをお勧めしております。あくまでご自身の判断でございますが…。
それから女の子のほう、そうおなかの子供さんのもう一方のことです。こちらは、遺伝子につきまして特別の問題はございません。で、このお子様につきまして当相談所は、とびきり美人になるように「顔面造作適正化遺伝子」の埋め込み手術をお勧めしております。今月いっぱい費用半額キャンペーンをさせて頂いておりますので、ぜひ…」

 「あんた、どうする? 双子とは夢にも思うてなかったなあ。」
 「いや、それよりもダウン症たらゆうの、あれこそ青天の霹靂やがな。」
 「セカンドオピニオンに耳を傾けよって言うから、別の相談所へ行こか。」

 「はい、いのちの相談所へようこそ。え? おなかの子供がダウン症やからおろした方がええとお隣で言われた? 気にせんでよろしい! 人間は遺伝子で決まるもんやない。何? そやかて、このごろ病気も才能も、何でもかんでも遺伝子次第みたいに言うてるって? よろしい、遺伝子ですべてが決まるもんやない、ちゅうことを証明する実際にあったお話をきかしたげよ。
アメリカであった、正真正銘ほんまの話や。重度のアルコール依存症の男がおったんや。酒を飲むと前後の見境がのうなる。そのために嫁さんは愛想を尽かして家を出ていくわ、家庭は崩壊するわ。散々な人生を送るんや。で、その男には一卵性双生児の息子がおったんや。ええか、二卵性やのうて一卵性やで。
その兄弟の兄貴は酒乱で、父親のコピーみたいな悲惨な人生を送りますんや。ところが、弟の方は、というと、初めから固くアルコールを断って、刻苦勉励の末に弁護士になる。そしてアルコール中毒者とその家族を支援するための素晴らしい社会活動を展開します。
全く同じ遺伝子を持った兄弟が、まるで正反対の人生を送ることに興味を持った一人のカウンセラーが、この兄弟に個別に聞き取りをした、っちゅうんや。いろんな質問の後、最後にカウンセラーが尋ねた。『あなたは、なぜ、こうした人生を選ばれたのですか?』と。すると二人は、ドン、と机を叩いて、全く同じ答えをした、というんやな。どんな答えか。『あの父親の息子に生まれて、この生き方以外にどんな生き方があるというのですか!』
 どや? 遺伝子ですべてが決まるんやないことが、ようわかる話やろ。え? なんで同じ遺伝子を持ちながら、こうまで違いがでたんか? 教えたげましょ。遺伝子にはスイッチガついてるんや。ええ遺伝子にスイッチを入れなあかん!」

 「ええこと教えてもろたな。問題は“スイッチ”やったんやがな。」
 「ちょっと、あんた、気色わるいがな。なに私のヘソを、もぞもぞいらいまくってんの?」
 「いや、おなかの子の遺伝子にスイッチ入れよと思うて…」
 お後の用意がよろしいようでございます。

〔築賓(ちくひん)〕生命力の源をなすといわれる足の少陰腎経の9番目のツボ。
取穴:足首から膝までの下1/3の高さで、アキレス腱の内側の前縁に取る。
治効:腎臓の排泄作用と肝臓の解毒作用を高めるツボ。アルコール中毒にも。

《作者からの一言》ダウン症特別講義も今回で連続6年目。これで、和歌山県立医科大学医学部・保健看護学部学生全員が私の教え子になりました!(宮本)



上は築賓の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com