漢方つぼ物語(192)
胃倉(いそう)

〈 和歌山県腹話術協会33周年と食育 〉

 「私に腹話術なんかできるでしょうか?」
不安げにそう尋ねる女性に、
 「大丈夫、きっとできますよ。ご一緒におけいこしましょうね!」
と、笑顔で答える西嶋悦子さんの姿が映像として残っている。
 時に昭和55年12月15日、和歌山県腹話術協会の記念すべき第一回例会のひとコマである。西嶋悦子さんは当時、和歌山市立名草小学校の家庭科教諭。そして給食教育をも担当していた。西嶋先生は考えた。
 (どうしたらこどもの偏食や食べ残しを減らすことができるだろう?)
 卒然と思い浮かんだのが「腹話術」だった。
 (頭ごなしの指導より、人形が友達感覚で語りかけたら、スッとこどもの心に入り込めるに違いない!)
 思い立ったら行動に移す。新聞社でわが国における腹話術の草分け的存在、川上のぼる先生のご住所を教わり、熱い手紙をしたためた。ほどなく川上先生から西嶋先生に電話があった。
 「私は全国の小学校をめぐるラジオのクイズ番組で世に出た人間、その学校で私の腹話術がお役にたつなら、何よりの恩返しになります。協力しますよ!」

***

 川上先生の手ほどきを受けた西嶋先生が、教育現場で人形片手にこどもたちに語り始めたのは昭和55年の9月。たまたまそれを目にした当時、和歌山市教育委員会主事の坂口全彦先生が、
「これはすばらしい着想。ほかの職場、職業の人でもきっと活かせる。腹話術を学び合う会を作りましょう!」
 和歌山県腹話術協会はこうして産声を上げた。坂口先生が初代会長をつとめ、西嶋先生は事務局に専念した。月々の例会が350回を超え、毎年の発表会が33回を重ねた平成25年、2月に西嶋先生が、そして9月に川上先生が、相次いで亡くなられた。両先生とも配偶者と子達に見守られての旅立ちであったと聞く。
 和歌山県腹話術協会の始まりが、こどもたちの健全な成長を願う「食の教育」であったことを、後進の私どもは肝に銘じておきたいと思う。

***

 さあ、今日はおいしそうな到来物があるぞ。マグロのお造りだ。すごいだろ。おっとみんなで分けたら、ひとりふた切れしかあたらないな。でもたったふた切れと軽く見てはいけないよ。マグロのお造りふた切れで、人間は約10分間生きられる。そして、こっからが大事だから、耳の穴をかっぽじって、よおくきいてよ、マグロふた切れに、マグロの餌である鰯(いわし)が、千匹も命を捧げている。さらに、鰯一匹を生かすために、沖アミ五万匹が命を捧げている。そして一匹の沖アミに、なんと五兆の動物性プランクトンが命を捧げているんだ。え? 頭の中でゼロがぐるぐる回り出したって? もう少しだから辛抱しなさい。えーと、動物性プランクトンまで来てたよね。その動物性プランクトンひとつに、五十兆の植物性プランクトンが命を捧げるよ。さかのぼって復習しようね。五十兆の植物性プランクトンが一つの動物性プランクトンに命を捧げ、五兆の動物性プランクトンが一匹の鰯に命を捧げ、千匹の鰯がマグロのお造りふた切れに命を捧げる。そして今、目の前にあるマグロふた切れが、ぼくらに10分間活動するエネルギーをプレゼントしてくれるんだね。 
 わかりやすくまとめるとこうなるよ。

 人間が10分間活動するエネルギー
 =マグロのお造りふた切れ
 =鰯 1,000匹
 =沖アミ 50,000匹 × 1,000
 =動物性プランクトン 5,000,000,000,000 × 50,000 × 1,000
 =植物性プランクトン
   50,000,000,000,000 × 5,000,000,000,000 × 50,000 × 1,000

 こうなると、わずかふた切れと思ったマグロがずいぶん有難くなるじゃないか。ぼくらは、ずいぶんたくさんの命を頂いて生きているんだね。
 では、食事の前のご挨拶を、とりわけ心を込めて唱えましょう。
 「いただきます!」

〔胃倉(いそう)〕目頭から足の小指に至る足の太陽膀胱経67穴中の第50穴。
取穴:一番下の胸椎と一番上の腰椎の間の高さで、背骨の中心線の左右3寸。
治効:バランスのとれた食生活の前提条件である胃の調子をととのえるツボ。

《作者からの一言》後半の「マグロのお造りふた切れ」のお話は、過日、鑑賞させて頂いた「書人会展」という書道の展覧会に展示されていた書作品の一つの内容から取らせていただきました。食の教育に情熱を傾けられた和歌山県腹話術協会の母・西嶋悦子先生のご霊前に、この一文を捧げたく存じます。(宮本)



上は胃倉の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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