漢方つぼ物語(193)
十宣(じゅっせん)

〈 文学座「殿様と私」劇評 〉

 時は明治中期、舞台は子爵邸。登場人物は当主とその子息・令嬢、執事夫妻、舞踊指南役の米国人女性とその専属車夫兼通訳、そして英国海軍大尉の8名。時代の変わり目にあって古い価値観を捨てきれない人々が一方にいて、新しい時代を生きようとする若い世代がもう一方にいる。歴史と文化を異にする西洋からの客人は、明けきらぬ東洋の社会に困惑しながらも、どこか惹かれていく。そして彼らもまた、秘めたる陰の部分を持っているのだ。

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 演出として面白いのは、実際の台詞はすべて日本語なのだが、米人女性、英国軍人は英語を話していて、子爵とは言葉が通じないとする設定。両者は通訳もしくは令嬢の仲立ちで初めて意思疎通できる。このことが、えもいえぬ可笑しさを醸し出す。その極みは、舞台の終盤で米人女性と子爵が日本酒を酌み交わしながら、相手に通じない自分のことばで語るシーンだ。
 子爵は亡き妻を語る。ただ静かな女であった、一度たりとも口答えをしない古風な女であった、と。鹿鳴館へ行きたそうであったが、「ならぬ」と言うと、それ以後、二度とそのことを口にしなかったが、「本当の胸の内はどうであったのか」といぶかしむ。
 米人女性は亡き娘を語る。意志の強い娘で、なんとしても医師になるのだと猛勉強をするうちに風邪をこじらせて死んでしまった。娘を喪った悲しみを忘れるために、技師である夫と共に日本へ来たのだ、こうした打ち明け話の内容は相手には伝わっていない。酒と死者への追慕だけを互いに分かち合いながら、二人は踊る。それは文化や価値観を超越した魂の共有を象徴するかのようだ。

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 子爵の娘と米人女性とのかかわりは興味深い。娘が鹿鳴館で知り合った英国軍人との恋の成就を米人女性は初め応援する。しかしその英国人は故国に妻子を持つ身でありながら、日本の女子を次々とたぶらかす食わせ物であると判明してからは、娘を米国に招こうとする。そこまで異国の若い娘に深くかかわるのは、亡くした我が子の姿を娘にだぶらせているからなのだが、箱入り娘が羽ばたこうとすることに観客は声援をおくってしまう。それは人間の自由への讃歌の他ならない。子爵の娘が日本を飛び出して渡米することは次第に現実味を帯び、娘は父親に、米国留学の希望を伝える。米人女性は、当初から娘に好意を寄せている車夫兼通訳を娘に添わせるとの案まで提示する。この夢がやがて実現しそうであることを示唆しながら、ドラマは大団円に至る。

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 子爵家の執事夫妻は、このドラマにユーモアとペーソスの味付けを加える。
 時代遅れのちょんまげをからかわれては相手方に殴り込みをかけようとし、主人の令嬢が誑(たぶら)かされたといっては討ち入りを為さんとし、挙句の果ては切腹まで敢行する執事の一途さと、それが結果として浅い傷で終わってしまうちぐはぐな可笑しさ。当主にも夫にも、きびきびした動作でけなげなまでに仕えつつも時代とのギャップを埋めることができない執事の妻のペーソス。  
 二人は激動する時代に翻弄される庶民の代表であろう。
 このお芝居に華やかな色彩を与えているのは、子爵の娘と英国軍人の恋である。子爵の娘が足に障害を持っていることが一つのアクセントになっている。それでもなお娘は鹿鳴館で踊ることを希望し、父・兄は反対する。その理由は足の障害を揶揄されるであろう懸念だけではない。娘にはもう一つ。心因性の障害、すなわち強いショックを受けると意識を失うという持病も持っているからだ。反対を押し切って鹿鳴館へ赴いた娘は、果たして満場の視線に曝されたとたんに倒れそうになる。それを救ったのは英国軍人であった。放蕩者であることが明らかになった後でも、「私を救ってくれたのはあの方」と娘は英国軍人を庇(かば)い、彼に感謝するのだ。

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 このドラマに悪人は登場しない。すでに亡くなっている子爵の妻や米人女性の娘も含めて、皆が一途である。その一途さが、結果として思わぬ不幸や悲哀のもとともなる。それでもなお、一途に生きることをやめない人間の姿をこそ、ドラマの作者は描きたかったに違いない。舞台の最後に、登場人物が勢ぞろいしてステップを踏む。足にハンディキャップを持つ娘も、とてもダンスの似合いそうにない執事夫婦も「スロー、クイック、クイック」と踊って見せる。
 時代がどう変わろうと、どのような困難を背負っていようと、人はそれぞれのやり方で、人生を切り開いていける。いや切り開いていくべきなのだ、との作者の叫びが耳元に聞こえてくるようなフィナーレであった。

〔十宣(じゅっせん)〕ある疾患に対して特別な効果のある「奇穴」のひとつ。
取穴:左右の手の指十本の、それぞれの指先尖端の中央に取る。
治効:強いショックで気を失ったとき・失いかけたとき、救急的に用いる。

《作者からの一言》このお芝居は文学座が長年にわたって練り上げてきた看板演目の一つ。俳優の動きもセリフもキャラクターが立っていて見ごたえがある。新しい時代の幕開けとも思われる今の時代であればこそ、味わい深い。(宮本)



上は十宣の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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