漢方つぼ物語(196)
四神聡(ししんそう)

〈 劇評「ハムレット」 〉

 ロシアの鬼才・ベリャコーヴィッチ演出、劇団東演の戯曲「ハムレット」を観賞した。

***

 西暦2014年は、英国が産んだ偉大な劇作家ウィリアム・シェイクスピアの生誕450年にあたるという。彼が残した四大悲劇のうちでも最大のボリュームを誇る「ハムレット」が書かれたのは1600年頃と言われている。そう、我が国では、戦国の世に決着をつける天下分け目の戦い、関ヶ原の合戦があった年だ。西軍につくのか、東軍につくのか、武将たちがぎりぎりまで迷いつつも決断を下したのと時を同じくして、主人公が人間としての究極の選択を迫られる物語「デンマークの王子ハムレットの悲劇」が描かれたことはつくづく興味深い。戦いの結果、関ヶ原に数知れぬ屍(しかばね)が積み重なったように、戯曲「ハムレット」の結末も死体が山をなす。
 父王の死が発端となり、ハムレットは恋人オフィーリアの父を誤って殺してしまう。そのショックでオフィーリアは正気を失い、転落・溺死する。父と妹を失ったオフィーリアの兄レアティーズはハムレットを恨み、ハムレットに決闘を申し込む。二人の決闘を見守っていた母は毒入りのワインを飲んで死に、剣に塗られた毒でレアティーズも死ぬ。ワインの毒も、剣の毒も、父王を謀殺した叔父クローディウスがハムレットをも亡き者とするために仕込んだものであった。怒り心頭のハムレットはクローディウスに剣を突き立て、亡き父王の復讐を果たすも、自らも剣の毒で命尽きる…。

***

 冒頭、幕が開くと十数本の柱。舞台装置と言えるものはほとんどこれだけ。これらの柱の間から登場人物は姿を現しては消えてゆく。父王の亡霊もまたしかりだ。前半のクライマックスシーンである田舎芝居の役者が叔父と妃の前で父王殺しを再現する芝居を演じる場面も、これらの柱の前だ。ラスト近くで、この柱を持ち上げて底を正面に向ける。そこにはライトが仕込まれていて、柱は大砲となる。意表を突く演出だ。衣装は重厚だが、けばけばしくない。登場人物の動きはきびきびしながらも、どこかコミカルだ。決闘シーンの剣は、「エア」、つまり実際には剣を持たず。俳優の動きと衣装さばきで剣があるかのように立ち回りを演じるのだ。
 ここまで説明してきて、シェークスピアの原作とベリャコーヴィッチ演出が、我が国のある「伝統芸術」と多くの共通点を持っていることに気付く。それは、「能」である。まず父王の亡霊が物語の発端をなすこと。すでにこの世にない者が現れて物語の端緒を引き出すのは、能の典型的な筋立てだ。狂言回しが登場するところまで似ている。これは偶然ではなく、シェークスピアが日本の能・狂言の影響を受けているのだろう。
 ベリャコーヴッチもまた、舞台装置を極度に簡略化し、衣装・小道具を象徴的に用い、役者の動きを様式化することで、現代劇に能の精神を吹き込んでいるかのようだ。但し、能が「静」であるのに対して、ベリャコーヴィッチの舞台には躍動感があふれている。俳優たちも、この才能ある演出家の情熱に懸命に応えて、シェークスピアの原作に忠実なストーリー展開の中に、独特の芸術世界を創作している。彼らの熱演をほめたたえたい。

***

 舞台を見た夜、私の夢の中にハムレットが現れた。そしてあろうことか私に、こう訴えかけた。
 「亡き父の亡霊が私に復讐するように命じた。これが事の発端だ。紆余曲折があったものの、私は命をかけて復讐を成し遂げた。しかし私の魂は命果てた今もなお安らがない。死んだ父も、母も、生き返りはしない。オフィーリアとの恋も、永遠に成就せぬ。そもそも、父の亡霊それ自体が本物であったのか、もしかして仕組まれたトリックであったのか、それさえも疑えば際限がない。私は母を奪った叔父に嫉妬しただけだったのではないのか。すべては嫉妬心が見せた幻ではなかったのか。あの純情なオフィーリアに『尼寺に行け』などと、なぜあのようなひどい言葉を投げかけたのか。私は、狂気を装う中で本物の狂気に陥っていたのかもしれない。後悔は果てしなく、真実はなおも深い霧の中にあって、その輪郭さえ見えてこない。」

***

 “ここに留まるか霧と果てるか、それが問題だ!(To be or not to be, that is the question!)”というハムレットのつぶやきは、今もなお限りないリフレイン(反復、繰り返し)を続けているらしい。

〔四神聡(ししんそう)〕特定の症状に効き目のある奇穴で、これは4穴1組。
取穴:頭のてっぺん百会のツボを中心に前後左右1寸(親指の横幅)、計4穴。
治効:頭痛やめまいをはじめ、妄想や幻視幻聴を伴う精神の病にも用いる。

《作者からの一言》主人公ハムレットに対して、ファーザー・コンプレックスとマザー・コンプレックスの両方を持つ性格であるとか、父の死によって精神を患ったのだ、といった見方がある。このツボを試したいところだ。(宮本)



上は四神聡の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com