漢方つぼ物語(200)
石関(せきかん)

〈 根来寺密厳墓地で妻の実家の墓の開眼式を営む 〉

 春三月。その昔、僧兵が秀吉の軍と戦ったことで知られる紀州根来寺は満開の桜に彩られていた。
 平成26年3月30日日曜日。天気予報通り、朝から激しい雨だった。この日の午前中に私どもの居住する和歌山市吹上地区で予定されていた防災訓練は早々と中止が決定された。それが幸いして、大阪府豊中市の妻の実家へ妻の母親と妹を車で迎えに行くことができた。今日は2年前に88歳と8カ月でこの世を去った義父の墓の開眼式を執り行う日なのだ。通常なら午前中に行いたいところであったが、午前中の防災訓練に、私も妻も、自治会長として、また地区の団体長(妻は赤十字奉仕団、私は人権委員会)として協力する手はずになっていたのと、それに加えて午後1時から、私が副会長兼総務局長をつとめる鍼灸マッサージ師会の次年度予算承認を議題とする理事会への出席予定のため、僧侶を迎えての開眼式は午後4時30分に設定していた。

   ***

 母と妹をぶじ和歌山に迎えた。お城の見えるダイワロイネットホテルに送り届け、理事会に向かう。1時10分前に会場到着。妹が買ってくれたお弁当を食べ終えると同時に会議は始まった。議題の限られた会議なので1時間くらいで終わるとふんでいたが、6月の総会に向けての段取りなどで議事は思いのほか長引いた。礼服に衣装替えをして、ホテルに母と妹を迎えに行き、根来寺に余裕をもって到着するためには遅くとも3時には帰宅しなければ、と焦った。もはやタイムリミット、と中座しかけた時、鍼灸マッサージ師会会長の井畑さんが、あろうことか私に振ってきた。
 「今年度は役員改選の年にあたっている。その手順については、総務局長の宮本君から説明してもらおう。」
 簡潔に説明したあと、「妻の実家の墓の開眼式出席のため会議を中座します。ご容赦下さい」と、主だった先生方の携帯電話に一斉メール、会場を去った。

   ***

 結果的には午後の遅い時間に開眼式を設定していたことは幸運だった。あれほど激しく振っていた雨がすっかり止んで、桜日和の好天となったのだ。ただ、大雨であふれた川の水が墓地にまで流れ込んでいた。石材店の専務さんが土嚢をいくつも積んで、なんとかせき止めてくれた。真新しい墓石を覆っていた白い布が外される。遺骨を納める。お花は前日に用意していた。お供え物を並べ、亡父の写真を飾り、僧侶の読経が始まると順次、焼香した。
 墓石正面に「堀本家の墓」の文字、そして家紋が彫られている。
 右側面に幼くして亡くなった堀本家の長男・雅彦の戒名と命日。享年三歳。これは数え年で、実はあと6日で2歳を迎えるという日に、急病で短い命を閉じたのだ。私の義兄となるこの人は、なんと私と生年月日を同じくしている。そう、全く同じ日に生まれているのだ。縁の不思議を感じないではいられない。雅彦の次に義父・春男の戒名・命日、そして享年八十九歳、とある。
 墓石左側には建立者として、義妹と妻の氏名が連名で記されている。
 そして注目すべきは墓の裏側。義父は家族におりにふれて「訓示」を垂れた。例えば「人生は最後の最後まであきらめてはならない」という教え。こうした訓示は、「春男語録」として私どもの胸深くに刻まれているのであるが、これを墓石に刻みたいと義妹が発案した。選ばれた言葉は「地球は静かに廻っている」であった。喜怒哀楽に振り回される私ども人間。しかし、どんなときも地球はただ静かに廻っている。悲しみに心がちぎれそうな時、精神の高ぶりを抑えることが難しい時、静かに廻っている地球をイメージすると心が落ち着いてくる。
 「春男の直筆の文字を彫り込むことはできないかな?」
 そう言いだしたのは妻であった。実家の茶の間に永らく貼られていた半紙に書かれた直筆の文字のコピーが妹から送られてきた。そのタイトル「春男訓示」を、その字体そのままで墓石の裏側に彫ってもらえた。
 その文字は、爛漫の桜に包まれて驚くほどの存在感を放っていたのだった。

   ***

  ここにくれば あなたに会える
  懐かしい声が 聞こえる
  私はいつも ここにたたずみ
  あなたの声を 聴いてる

  ここにくれば あなたに会える
  懐かしい香り 漂う
  わたしはいつも ここにたたずみ
  あなたの香り 吸い込む

〔石関(せきかん)〕生命力の源泉をなす、足の少陰腎経全27穴中の第18穴。
取穴:おへその上3寸(指4本分の横幅)、正中線の外方5分(親指の半分)。
治効:食欲不振に。亡父は食欲旺盛、好奇心いっぱいの達者な人であった。

《作者からの一言》当日と翌日、母と妹は和歌山の桜を満喫したようだ。(宮本)



上は石関の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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