漢方つぼ物語(204)
接脊(せっせき)

〈 遊びを子どもたちに 〉

 「遊ぶものは神である。神のみが、遊ぶことができた。『遊』は絶対の自由と、ゆたかな創造の世界である。それは神の世界に他ならない。この神の世界にかかわるとき、人もともに遊ぶことができた。神とともにというよりも、神によりて、というべきかも知れない。祝祭においてのみ許される 荘厳の虚偽と、 秩序をこえた狂気とは、神に近づき、神とともにあることの証しであり、またその限られた場における祭祀者の特権である」(白川静氏の遊字論より)
 「遊びをせんとや生(む)まれけむ、戯(たわぶ)れせんとや生まれけむ、遊ぶ子供の声聞けば、我が身さへこそ揺(ゆ)るがるれ」
 (『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』359番―『梁塵秘抄』は1180年頃,後白河法皇が当時の流行歌を集めて編纂した書物であり、その大意は「人は遊び戯れるために生まれてきたのだろうか。遊ぶ子供の声を聞くともはや子供ではない自分も、遊びたくてうずうずしてくることだ。」)

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 「これからは遊びを子どもたちに任せましょう!」
 昭和50年代のある時期、和歌山市にある私立みどり幼稚園の教頭職にあった山本喜美子先生がその方針を打ち出したときに、現場の教諭たちは一様に戸惑った。主任であった宮本マリ子先生がとっさに懸念したのは、園児がけがをすることだった。どんな立派な教育をしても、子どもに一つけがを負わせれば、その教育は全部だめになる、と聞いたことがあった。元気に園に迎えた子どもたちを元気におうちへ送り届けたい。子どもたちに好きな遊びをさせたら、好きなところへ散らばってしまって収拾がつかなくなりはしないか…。
 一方、山本喜美子先生が、この一見「無謀な方針」を提示したのには次のような背景があった。
 「やがて訪れる21世紀には、子どもたちは予想を超えた激動の時代を生きなければならない」という展望のもとで、文部省は新しい教育課程を提示した。激動の中で子どもたちが生きていくためには、その時その時を乗り越えていける知恵を身につけなければならない、との趣旨であった。
 それを受けて、みどり幼稚園の先生方全員が合宿して勉強会をもった。教育課程を学び指導計画を検討する中で、山本先生は次第に、子どもたち自身が生きようとする・伸びようとする・学ぼうとする、その思いに寄り添いながら、一人ひとりに合わせた教育が必要なのだと考えるに至った。そのような教育を、みどりの子どもたちを通して実践しようとの確固たる決意の表れ、それが「遊びを子どもたちに」という言葉に込められていた。その大胆さに自分でも驚きながらも、大切なのは子どもを信頼すること、子ども自身が伸びることを心から信じることだと、山本先生は感じていた。

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 それからがたいへんだった。園舎で遊びを見つける子、砂場で、またはブランコで遊ぶ子、水遊びする子。好きなところへ散らばる子どもたち。宮本マリ子先生はそれぞれの子が、だれと・どこで・どんな遊びをしたかを、記録する役目に徹した。そのためには意識を集中してしっかり観察する必要があった。記録は名前だけを手早くメモして、あとは頭に刻み込む。記録にばかり気がいってしまうと観察できない。観察し、記録する中で、子どもが見えてきた。子どもが何をしようとしているのか、何をしたいのか、教師主導の教育では決して見えていなかった一人ひとりの子どもの姿が「見えてきた」のである。

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 やがて先生方がそうした記録をもとに話し合う中で、「遊びの環境をつくる」ことの大切さに気付く。人的環境も含めた教育の環境づくりに力を入れ始めた。遊びの素材を積み上げておいて、登園した子どもが、すぐに遊びに着手できるようにする。真正面からの指導ではなく「仕掛ける」。そのためには、子どもの心を揺さぶるものは何か、を考えることが求められる。子どもをよく見ていないとそれはできない。絵本や積み木を置いておくのではなく、子どもの創造性を豊かにする素材をたくさん集めておく。素材に刺激された子どもが、「これを使ってこんなことをしたい・あんなものをつくりたい」と思い、そのために足りないのは何だろう、と想像力・集中力・思考力を総動員し試行錯誤する。そして仲間が広がる。これが、山本喜美子先生の言う「子どもが生き抜く力」にほかならない。

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 大人の眼にはガラクタにしか見えない、うずたかく積まれた素材の数々…。それらはまさに、子どもたちを「絶対の自由と、ゆたかな創造の世界」へと誘(いざな)う「宝の山」なのである。

〔接脊(せっせき)〕経絡上の正穴でないがよく効く「奇穴(きけつ)」の一つ。
取穴:体の後ろの中心線(=後正中線)上で、第12胸椎と第1腰椎の中間。
治効:子どもの腹部の症状(下痢や脱肛、しぶり腹)に。背骨や脊髄の病にも。

《作者からの一言》みどり幼稚園評議員会を契機に、山本・宮本両先生からの聞き取りをもとに構成しました。幼児教育の大切さを痛感いたしました。(宮本)



上は接脊の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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