漢方つぼ物語(208)
夾脊(きょうせき)

〈 東洋医学3つの誇り 〉

 東洋医学には誇るべき3つの指針があります。まずは全体を見るということ。これが「東洋医学3つの誇り」の一つ目です。西洋医学が病名診断からスタートするのに対して、東洋医学は全体を見渡してタイプ分類するところから治療を始めます。具体的には「腎の虚証」「肝の実証」といった「証(しょう)」の判定をするのです。漢方薬で言うと「葛根湯の証」「甘草芍薬湯の証」といった具合です。では、こうした証はどのように見分けるのかと申しますと、からだのバランスを見極めるのです。
 バランスのとれた状態、偏りのないことを、東洋医学では「中庸(ちゅうよう)」と呼びます。これが「東洋医学3つの誇り」の二つ目です。1964年の秋、東京オリンピックが開催されました。「より速く、より高く、より強く」という大会スローガンは奇跡の経済成長を遂げつつあったあの時代の我が国に、実に似つかわしいものでした。そして経済発展もピークに達し、そのひずみとして大気汚染や騒音などの公害が徐々に社会問題となってきた1970年に催されたのが大阪万国博覧会です。「人類の進歩と調和」がそのスローガンでした。進歩が生み出した不調和をなんとかしなければ、という時代の要請が感じ取れます。この「調和」は、数千年の昔から東洋医学が求め続ける「中庸」と重なります。生命活動の指標とされる体温・血圧・脈拍は申すに及ばず、血液検査の結果として示される様々な数値に至るまで、「速いほどいい」「高いほどいい」というようなものはありません。その標準値・理想値は、「ここからここまでの間」と、一定の範囲を以て示されるものばかりではないでしょうか。
 「東洋医学3つの誇り」の3番目は「未病を治す」=未病治(みびょうち)という言葉が意味するものです。さて「未病」とはなんでしょう。まだ病とは認識されていない状態。それを治すとは? 現代医学的な表現では「予防医学」ということになりそうですが、私は少し違う、と考えています。例えばインフルエンザにかからないようにワクチンを打つ、という場合、その時点ではまだ病にかかってはいないわけです。しかし「未病」というとき、東洋医学は既に病を捉えているのです。それは「冷え」であったり「しびれ」であったり、まだ明確に病気とは思えないレベルであるかもしれません。しかし病から程遠いものとも断言できないのです。

            ***

 突然死で家族を亡くした人に、「(亡くなった方が)亡くなる前に訴えていたからだの不調」を尋ねたアンケート結果で、断トツの一位は「背筋(せすじ)の張り」であったといいます。これは東洋医学的に意味のあることです。背筋には「背部兪穴(はいぶゆけつ)」と呼ばれる一連の内臓のツボが並んでいます。背筋は内臓の不調の重要な反応点・診断点・治療点なのです。また背筋は上半身とりわけ脳中枢と、下半身すなわち足腰との血液の循環の大切な幹線道路です。背筋の通りが悪いと血液が頭に鬱滞(うったい)しかねません。更に、身体の重要な緩衝装置でもあります。普通に歩いていても振動にさらされ、ときには強い衝撃が襲うこともあります。背筋の弾力はそうした振動・衝撃を吸収して足腰や内臓を守ってくれています。その背筋が弾力を失うと、緩衝装置が逆に振動・衝撃の伝導体と化してしまいます。背筋の張りこそは、一見健康に見える人の生命を突然奪いかねない「未病」の最たるものではないでしょうか。

            ***

 印象的なパフォーマンスがあります。演者は一本の鳥の羽根を手に現れます。舞台上には、30数片の木の枝が置かれています。羽根を一本の木の枝の上に置きます。次いでそれを別の木の枝の上に置いてバランスを取ります。だんだんと多くの木の枝を組み合わせながら、バランスを保つのです。モービルと呼ばれる動く飾り物があります。演者は、一本の羽根と30数本の木の枝を巧みに組み立てて大きなモービルを作り上げていくのです。最後の大きな枝は自立するようにできていて、完成したモービルは全体を揺らめかせながらも絶妙のバランスを保っています。やがて驚きのエンディングが訪れます。演者は、最初の羽根を指先でつまんでそっと取り除くのです。その瞬間、モービルはあっけなく崩れ去ります。実によくできた私たちの身体の仕組み。造化の妙と讃嘆するしかありません。しかし、ひとたびバランスを崩すと、それは突然壊れることもあります。今しも一本の羽根が取り除かれんとする状態を、東洋医学はアンバランスのパターン=証として捉え、中庸を保てない姿と把握し、そこに未病を見ます。羽根が取り除かれたがために崩壊する事象は、人間関係においても見られます。羽根は信頼であり、志でありましょう。国際関係や社会生活で、昨今、私達は不条理なアンバランスをしばしば見ています。宇宙と人間を一つと見る哲学から導き出される真実を世に提唱する責務、それは私達が東洋医学に抱く誇りと、表裏一体をなすものであると思われてなりません。

〔夾脊(きょうせき)〕左右17、計34穴1組の奇穴。華佗(かだ)夾脊とも。
取穴:12の胸椎・5つの腰椎の後ろの突起下縁、後正中線の外方5分に並ぶ。
治効:胸やお腹の慢性病に。また背骨のゆがみを正し、全身のバランスを保つ。

《作者からの一言》2014年夏にしたためた学術論文のエッセンスです。(宮本)



上は夾脊の図




上は背部経穴と脊髄神経断区

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com