漢方つぼ物語(221)
曲鬢(きょくびん)

〈 ある日の治療室 〉

 毎月、おそろいで来院されるご夫婦と入れ違いで来られたのは、お母さんに連れられた二人の兄弟だった。弟君は今回で4回目の治療。まぶたがぴくぴくする“眼瞼痙攣(がんけんけいれん)”が主訴だ。初見の折、
 「目の疲れと睡眠不足が原因ではないかな? 勉強しすぎじゃないの?」
 私がそう尋ねると、母親が横から、
 「そんないいものじゃないですよ。ゲームのやり過ぎ!」
 本人は少し照れた顔をして、反論はしなかった。どうやらその通りらしい。耳のてっぺんの少し前、曲鬢(きょくびん)のツボの辺りに水平に筋張ったしこりを触れる。耳の周辺は脊髄神経の第1・第2頸神経、すなわち背骨の最上部から出ている神経の支配領域だ。そのため、このツボを刺激すると頸から上の血行を良くするだけにとどまらず、背骨全体のバランスを調えることができる。筋張ったしこりを指先で上下に弾くように刺激を加えていると、徐々に緩んできた。骨盤と背骨を調整する治療を3回重ねてきた。まぶたのぴくぴくはずいぶんおさまってきているようだ。

***

 弟に対する4回目の治療を興味深げに眺めていた兄が、弟に代わって横たわった。弟は今春、小学校3年生、兄は同じく小学校4年生に進級するとのことだ。兄は今回が初めての治療である。骨盤は左側が少し上がり、背骨は肩甲骨の高さで左、背の中心部で右に寄り、腰部はほぼまっすぐと見える。これは、体の使い痛めというよりは、メンタルな疲れ、平たく言えば、目や頭の疲れがたまっているパターンだ。
 「お兄ちゃんもゲームはするの?」
 うなづいたので更に尋ねた。
 「今、はまっているのはどんなゲーム?」
 「妖怪ウォッチ」
 少し前にはポケットモンスター、略してポケモンが一世を風靡したが、今、旬なのは何と言っても、妖怪ウォッチだ。妖怪側の主役的存在・シバニャンの人気は、男の子のみならず女の子にまで及んでいる。
 「では学校のお勉強で一番得意は?」
 「算数。」
 「それならクイズを出すよ。今やっている春の選抜高校野球大会、全国から32校が優勝を目指してしのぎを削っているけど、さて問題。優勝が決まるまでに全部で何試合行われるだろうか? ただし引き分けは考えないものとする。」
 「一回戦が32÷2の16試合、2回戦が16÷2の8試合、3回戦が4試合、準決勝2試合に決勝戦をたすと、16+8+4+2+1で、え〜っと、31試合かな?」
 「よくできた、正解! じゃ夏の大会はどう? 夏の甲子園は47都道府県から1チームずつ…だけど北海道と東京は参加校がすごく多いので2校ずつ、合計49校が出場する。では49校が戦って、優勝校決定までの試合数の合計は?」
 「う〜ん、難しい。降参。」
「実は49−1で48試合が正解。何回戦が何試合、と難しく考える必要はない。トーナメントでは1試合するごとに1校が消えていく。優勝校を除くすべての学校が消えるためには、参加校−1、という簡単な計算で必要な試合数が出てくる。では、千校が参加するトーナメントで優勝まで何試合?」
 「999試合!」
 「よくできました!」

***

 算数クイズに興じながら、私はついこの間の日曜日の朝、母校・和歌山県立桐蔭高校のセンバツの試合観戦を思い出していた。早朝4時起床、5時30分に応援のバスに乗り込み、8時に甲子園球場到着、9時のプレイボールから2時間余りの熱戦に声をからして声援を送った。9回裏ツーアウトながら、走者満塁、ここでホームランが飛び出せば試合を振り出しに戻せる息詰まる展開であったが、命運を託したピンチヒッターが凡打に倒れゲームセット、惜しくも7−11で涙をのんだ。敗れたとはいえ、桐蔭ナインの最後まで決してあきらめない、粘りの野球に感銘した。
 治療を終え、骨盤・背骨も調い、全身の筋肉のバランスも調整できた仲良し兄弟は、
 「ありがとうございました!」
 と、明るく礼を言って帰って行った。
 3月下旬の、寒の戻りのやや肌寒い昼下がりだ。明日あたりは日差しも一気に春めいて、桜の開花も勢いづくに違いない。

〔曲鬢(きょくびん)〕慢性的ストレス症状の出やすい胆経全44穴中第7穴。
取穴:耳のてっぺんを通る水平線ともみあげ後縁の垂直線の交わる処に取る。
治効:顔面・頭部の痛み以外に、目の疲れや神経疲労に起因する顔面痙攣にも。

《作者からの一言》母校・桐蔭は、幸運にも21世紀枠で53年ぶりのセンバツ出場を果たしたのです。写真は3塁側スタンドで応援する妻と娘と私。(宮本)



上は曲鬢の図/桐蔭応援

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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