漢方つぼ物語(225)
天鼎(てんてい)

〈 盲学校弁論大会 〉

 盲学校の年中行事の一つに校内弁論大会がある。毎年、5月下旬に各校で催され、優勝もしくは準優勝した者がブロック大会に進む。そして、ブロック大会の優勝者が秋に全国盲学校弁論大会に参加できる。全国大会の模様は、NHKのEテレで全国放送される。
 平成27年度の和歌山県立和歌山盲学校の校内弁論大会は、夏のような日差しの5月29日金曜日、午前9時30分から11時過ぎまで、同校講堂において開催された。
私の担当する学生では専科理療科、すなわち3年間勉強してはり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師をめざすコースの二人の学生が出場した。
2年生のI君はつきあっていた人に思いきって目の病気を持っていることを打ち明けたが、それ以降、疎遠になったこと、しかし「そんなこと関係ない!」と支えてくれた現在のガールフレンドのお陰で、今春、晴れてマッサージの国家試験に合格できたことをフリートークで話した。また、1年生のM君は、視力低下のためそれまで従事していた仕事を続けることが困難となり盲学校に入学したいきさつと、今後への思いを弁論に託した。
 中高部6年生、一般的に言うと高校3年生で、来春には盲学校を巣立っていく3名の男子学生がそれぞれ印象的な弁論を展開した。
 和歌山県南部の町に全盲で生まれ、母と共に盲学校の近くにアパート住まいして幼稚部に通い、小学部入学を機に盲学校の寄宿舎に入ったK君は大の落語好き。いくつかの落語のストーリーも交えながらユーモラスに弁論した。
 度重なる失恋の想い出を語ったS君は、めげることなく、これからも好きな人に愛の告白をします、と高らかに宣言し、弁論の締めくくりにオリジナルの告白ソングを朗々と歌って拍手と歓声を博した。
 J君も盲学校での尽きない想い出と先生方や友人たちへの思いを熱く語った。
 そして、観衆にひときわ大きな感銘を与えた弁論は、中高部3年生、つまり中学3年生で、将来、ピアニストを目指す全盲の菅田 利佳(すがた・りか)さん。ボランティアの人たちがたいへんな手間と時間を費やして作成してくれた点字楽譜を読み取り、それを完全に暗記し演奏するという難しい作業に挑戦し続けている。身振りや手振りを交えた弁論の、その笑顔は底抜けに明るくて、ボランティアの人々への深い感謝の念にあふれていた。

***

 学生・生徒たちの弁論に耳を傾けているうちに、私の心にひとつの決意が生まれた。来年の校内弁論大会に私は教員を代表して弁論する! そのイメージ。
 司会者:正式の参加者の弁論に先だって、非常勤講師の宮本年起先生が弁論します。テーマは、「盲学校非常勤講師として思うこと」。先生、お願いします。
 私:私は12年前の年明けに、お酒を断つことを誓いました。毎晩、ビールの大びんを2本飲んでいたのを、一切のアルコールをやめる、と決心したのです。病気を患って、お医者さんから止められたわけではありません。適量の飲酒をしたほうが、かえって脳卒中を起こしにくいことも知っています。ただ、今後、自分の人生にお酒抜きで向き合おう、と決めたのです。和歌山県立盲学校から非常勤講師に来てほしいとのご依頼があったのはそのすぐ後でした。酒をやめた直後に盲学校に招かれたことを、私は偶然とは思えませんでした。一生お酒を断つ決心をしたご褒美に、盲学校講師の機会が与えられたと感じました。私が講師に迎えられた少し後に、永く盲学校でつとめられて定年退職された一人の先生が、お別れに際しておっしゃった言葉を、今も肝に銘じています。
 「盲学校での数限りない楽しい想い出に交じって、悲しい記憶があります。何人かの生徒が自ら命を絶ってしまったことです。学校を去っていく私が、残られる先生方にこんなことを申すのも口幅ったいのですが、どうかそれぞれの教科の内容と共に、“希望”というものを子どもたちに伝えて頂きたい。生きることは楽しく、また同時に尊いということを、お教えいただきたく存じます。」
 この先生のお言葉から、「教えることは希望を語ること、学ぶことは誠実を心に刻むこと」、と言う格言も思い出しました。気が付けば講師生活も既に13年目を迎えています。この間、盲学校の生徒数は半減し、先生の世代交代も進んで、私が教えた生徒が、母校の教員として勤めています。私は既に還暦を過ぎ、そろそろ職を辞するべきときが近づいているようにも思います。一年ごとに更新される非常勤の身分が、あと何年ゆるされるものか、定かではありませんが、一日一日を精いっぱい学生たちと接していきたいと願う毎日です。
 鍼灸やマッサージの技能を身につけ、国家免許を得ることで、患者の心身の苦しみを和らげ、病をいやし、「先生、お陰様でずいぶん楽にしていただきました、本当にありがとうございます!」、と尊敬され感謝される。そんな人生を現実のものとする手助けができる喜びを心に抱いて、残された日々、非常勤講師として、希望を語り続けて参ります。ご清聴、ありがとうございました。

〔天鼎(てんてい)〕人さし指から腕・首を上り鼻の横に至る大腸経の第17穴。
 取穴:甲状軟骨の下の輪状軟骨の高さで、首を動かす胸鎖乳突筋の後縁にある。
 治効:舌の回りを良くして喉の調子を整える、弁論大会参加者に必須のツボ。

《作者からの一言》菅田さんは残念ながら全国大会への出場は逃しましたがこの翌年、和歌山県立星林高校国際化に入学しました。。(宮本)



上は天鼎の図/菅田利佳さん弁論

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com