漢方つぼ物語(227)
巨闕(こけつ)

〈 ノアさんの想い出と山元式新頭鍼療法 〉

 鍼灸マッサージの学校の懐かしい同級生たちの中で、忘れがたい想い出のある一人の友人がいる。ドイツ人のウイリアム・ノアさん。入学後およそひと月が過ぎた、ゴールデンウィーク明けのある日、僕らのクラスの一員となった。ほとんど日本語ができない状態だった。校長先生が我々に向かって尋ねた。
「君たちの中で、誰か彼の勉強の手助けをしてやってもらえないだろうか?」
 誰も手を挙げないのを確認して、僕はおずおずとこう言った。
「あのう、僕で良かったら、少しくらいお手伝いができるかもしれません。」
 それから約1年間、僕はノアさんの通訳をつとめることになった。ドイツ語交じりの英語でノートを取り、それを書き写させた。大学を卒業して2年で、大学では第二外国語としてドイツ語を選択していたからだ。
 このころ、ノアさんと僕で記念すべき“作品”をこしらえた。「按摩の実技」というタイトルの小冊子だ。それは“あん摩実技”という科目で習ったあん摩・マッサージの手順をまとめただけのものであったが、正野崎(しょうのざき)君というイラストの上手なクラスメートが挿絵を添えてくれたお陰で、図入りのとても分かりやすいサブテキストとなった。まずは僕が日本語でこしらえ、ノアさんの協力を得て、英語版“Practice of Anma”とドイツ語版“Praktik von Anma”を作ったのだ。校長先生に差し上げると、感心してくれた。
 一度、ノアさんを我が家に招待したことがある。純然たる日本の家庭料理をおいしそうに食べてくれた。幾皿か並べたおかずのうち、ひとつふたつ手を付けないものがあったので、これは苦手なのか、と尋ねると、どれもおいしいけど、食べ残したくないので、と答えた。また、お風呂の小ささに驚いていた。
 楽しくノアさんの手助けを続けながらも、次第に僕は悩み始めた。なぜかというと、ノアさんの最終目的は日本の鍼灸師の免許を得ることにあったからだ。いくら英語で理解しても、国家試験は日本語でしか受験できない…。
 ところが事態は予想をはるかに超えて好転した。結論から言うと、ノアさんは鍼灸の国家試験に合格を果たしたのだ。ノアさんの日本語力は、ある時を境に飛躍的にアップした。ノアさんは日本人の看護師さんとお見合いし、やがてゴールインしたのだ。愛は強い。言葉の壁も、国家試験の壁も、見事克服した。

***

 日本人が見つけ出して、国内よりも海外で実践され、多くの人を救っている治療法がある。山元式新頭鍼療法。YNSA(Yamamoto New Sculp-Acupuncture)と略称される独創的画期的な診断・治療法である。宮崎県で愛鍼会山元病院の院長をつとめる山元敏勝医師がおよそ50年前に編み出し、半世紀をかけて発展させ、海外で広く普及、ドイツやブラジルでは保険診療で行われている。臨床に基づいて様々な診断点・治療点を発見し、脊髄損傷や脳血管疾患の後遺症で動かなくなった身体が再び動き出す、という奇跡を生み出している。
 山元医師については興味深いエピソードがある。キャベツの茎に鍼(はり)を施し、生長を促したというのだ。4つのキャベツのうちで、鍼を施した2つはそうでない2つに比べて明らかにでっかく生長した。
 山元式新頭鍼療法の基本は、「自然界の道理に従って」という点にあるようだ。治療はまず「素地を整える」ことから開始される。ご本人の説明によると「異常な状態にあるものをあるべき自然な状態に戻す、すなわち、整えて自然にし、素地そのものを以前の状態、または良い方向へ向かわせる」のだそうだ。
 鍼の用い方のシンプルさも海外で受け入れられた大きな要因であるらしい。症状や病気に応じた治療点に表われる硬結(こうけつ=しこり)や圧痛(あっつう=特別の痛みの反応)を見逃さず鍼先をそこに当てる。頭や顔では、鍼を刺した状態で置いておくだけで、おしゃべりしたり笑ったりすることにより、自然に鍼の刺激が加わるのだという。
 この治療法の効果は驚異的だ。基本点を用いた治療だけで72−85%の著効をもたらす。山元先生は80歳を超えた現在も精力的に治療にあたり、毎日100〜150人の患者を診察しているという。YNSAは日々、進化中なのだ。
 以上の内容は、鍼灸マッサージの業界誌である「医道の日本」2015年5月号、140−145頁からの引用である。

***

 さて、鍼灸学校の同級生の想い出と、驚異の効き目を誇るハリの治療法とはどんな関係があるのか、といぶかしく思われただろうか? それが大ありなのだ。実は、ウイリアム・ノアさんは山元敏勝先生のドイツ人の奥様の実弟で、ノアさんの奥様はその当時、山元病院の若き看護師長だったのだ。
 僕は脳出血の後遺症で右半身の片麻痺(かたまひ)のある患者さんのために、山元式新頭鍼療法を目下勉強中だ。
 縁は異なもの、人生は汲めども尽きせぬ味わいがある。

〔巨闕(こけつ)〕からだの正面の中心線(前正中線)を上行する任脈第14穴。
 取穴:前正中線上、おへそから胸骨体下端までを8寸として、へその上6寸。
 治効:心(しん)の気が集まる「心の募穴」、心疾患に活用。YNSAでは「心の診断点」

《作者からの一言》ノアさんには35年会っていない。お元気だろうか?(宮本)



上は巨闕の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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