漢方つぼ物語(229)
水分(すいぶん)

〈 フイルム農法 〜理療経営の授業から〜 〉

 期末テストはよく頑張ってくれたね。今年度で私はこの盲学校の非常勤講師を勤めて13年目になるが、全員満点は初めての快挙だ。けっして簡単な問題ではなかったのに細かいところまでよく理解してくれたことを嬉しく思う。
 さて、そのごほうびというわけでもないのだが、今日は最初にちょっとしたマジックを見てもらう。えっ? 見えにくい?大丈夫、解説付きでやるから。
 ここになんの変哲もない紙コップがある。ほら、さかさまにしても何も出てこない。ここに水を注ぐ。だれかのどの渇いている者はいるかい? どうぞ!(と、コップの水を勢いよく投げつける動作)おや? 水がなくなっている。この紙コップは、世にも珍しい「一瞬にして中に入れた水を蒸発させてしまう魔法の紙コップなのだ! どう?
 しかけはわかった? おしっこを固まらせる粉をコップに入れていた。正解。でもちょっと不思議だと思わないかい? 水を入れる前にさかさまにしたけど、粉は落ちなかっただろう。ここがトリック。のりで粉をコップの底にはりつけていたのだ。
ごく少量の粉でかなり多量の水を吸って固めることができるのでね。ほら、コップの底にゼリー状になった水がはりついているよ。

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 水は常温で液体、零度で氷、すなわち個体となり、百度で沸騰して水蒸気、すなわち気体となる。ところが実はこれだけではない。水にはもうひとつ、別の姿がある。ハイドロゲル。液体と固体の中間のゲル状態の水がそれだ。
今、このコップの底に張り付いているのがまさにハイドロゲル。水は閉じ込められて流れ出ない状態になっている。これをなにかに活用できないかと考え続けた学者がいる。森 有一(ゆいち)さん。この先生、ハイドロゲルを透明フイルムに閉じ込めることに成功した。このフイルムの上に種をまくと、根はフイルムの中に広がり、立派に発芽し、生長する。トマトなどはとりわけ甘くおいしい身をつけるというのだ。まるでフルーツのように甘い。そのわけを尋ねると、
「トマトも本当はもっと楽に水を吸えるところで育ちたい。やはりフイルムに閉じ込められた水を吸うのはしんどいだろう。そこでトマトは考えるわけだ。よし、思い切り甘くなろう。そうすれば鳥がついばんでくれる。その鳥のフンにまじった種がもっと広々としたところへ落ちれば、自由に根を伸ばし、楽に水を吸える!」

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 水の用途は大きく3つある。飲み水や入浴・洗濯などの生活用水、工業用水、農業用水。この比率はどれくらいと思うか。生活用水はおよそ15%。その次は工業用水で約19%にとどまる。残り約66%、すなわち全体のほぼ3分の2が農業に使われる。農業に用いられる水は、蒸発したり、吸収の歩留まりが悪かったりでロスが多いのだそうだ。
そこで森博士のフイルム農法が威力を発揮する。雨の降らない砂漠であろうが、津波被害で土の塩分が過剰になり、農作物が育ちにくくなった東北の被災地であろうが、おかまいなし。このフイルムを敷いて、そこに種を植えると、見事に育つ。既に世界百カ国以上で特許を取得しているそうだ。
もちろん研究は始めからとんとん拍子にうまくいったわけでなく、根がフイルムを突き抜けてしまうなど苦労の連続だったというよ。約20年もの試行錯誤を経て、ようやく成功した技術だ。
ではクイズ。このやり方で根菜を育てると、どうなると思う? 正解は、たたみいわしのような大根や人参が出来る。これって、ちょっと愉快じゃないか?

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 今日、フイルム農法を紹介したのは、ぜひ君たちも、工夫する心を持ち続けてほしいと思ったからだ。ん? 質問か。どうぞ。
「宮本先生は普段の臨床で、なにか工夫して編み出したことはありますか?」
 うん、あるとも。背骨の歪みを背骨沿いの筋肉、そう脊柱起立筋を丁寧に緩めることで矯正する方法を、岐阜の牧田 章先生に教わったのだが、昨年秋、招かれて徳島県鍼灸マッサージ師会で、この骨盤・脊柱調整法を伝授したのだ。一通り座学と実技の講習後、質問を受け付けた。すると、こんな質問があった。
「先生、私は鍼灸の免許しか持っていないのですが、ハリで同じ効果をもたらす方法はありませんか?」
とっさの思い付きで私はこう答えた。
「背骨沿いのツボを上から下へと順にはハリを施せば、同じ効果を得られるのではないかと思いますよ。」
 その後、骨盤の高さが左右アンバランスで、背骨が右に左に曲がっている患者さんで、「ハリだけをしてほしい」とのご所望の方に、この方法で治療すると、ものの見事に矯正できた。これは多少、ひょうたんからコマ、みたいな治験談だが、教わったことを自分なりの工夫で発展できた好例だと思っている。

〔水分(すいぶん)〕身体の正面の中心線(前正中線)を上る任脈の第9穴。
 取穴:へそ中心から上へ1寸上がった処。へそから胸骨体下端を8寸とする。
 治効:フイルム農法は水を被膜に封じ込めたが、この穴は体内の水分を調える。

《作者からの一言》食糧確保にフイルム農法の果たす役割は限りない。(宮本)



上は水分の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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