漢方つぼ物語(230)
陽交(ようこう)

〈 高野三山ハイキング 〉

 高野山は空海・弘法大師が千二百年前に開いた真言密教の聖地であるが、私はこの世界遺産の信仰の山に関して、かねがね一つの疑問を抱いていた。
 (高野山は、なぜ山のてっぺんに、あれほど広い土地があるのだろう?)
 高野山を訪れたことのある人ならだれもが抱く疑問であろう。大門から御廟に至る金剛峰寺の一連の建造物に加えて、広大な墓地に、戦国武将から近現代の事業家・政治家に至る、ありとあらゆる著名人の墓や様々な供養塔(最新のものは東北大震災の被災者供養塔)が並ぶさまは壮観である。
武田信玄の墓の正面に道を隔てて上杉謙信の墓がある。川中島の合戦を目の前に見るようだ。真言宗の膝元に浄土真宗の開祖・親鸞聖人の墓もあったりする。
高野山の地形は「八葉蓮華の花開く形」であると聞いたことがある。信仰の輝きがまばゆいばかりの「約束の地」ではないか。
冒頭の疑問に話を戻そう。今回のツアーで、長年の疑問は氷解した。結論から言おう。「高野山」は「山」ではない。

***

 高野には、千メートル級の三座の山がそびえる。東から順に、標高1,004mの摩尼山(まにさん)、1,009mの楊柳山(ようりゅうさん)、そして915mの転軸山(てんじくさん)である。これら三つの山を総称して「高野三山」と呼ぶ。
そして、高野三山は、標高約850mの高さでくっついて盆地を形成している。もうお分かりであろう。高野三山の頂上の、高さにして百数十m下方に広がる「八葉蓮華の花開く形」の盆地こそが、霊峰・高野山なのである。

***

 「いきいきシニアわかやま」という団体がある。おおむね55歳以上の人を対象に山歩きや歴史探訪、スポーツやパソコン講座等を企画し、共に楽しもうという会である。今回のハイキングはこの会の催しの一つであった。
妻と夫婦で昨年度から会員に加わっているのだが、私は今回、初めてこの会の行事に参加申し込みをした。応募者多数の場合は抽選、ということであったが、6.9km、4時間の、結構勾配のある山歩きとあって、最終的にちょうどバス一台の人数が抽選なしで参加できたようだ。
63歳になったばかりの私は、参加者の中では、最も若い部類であるように思われた。しかしながら、やはり脚に覚えの人たちが参加希望したらしく、健脚揃い。先頭集団で楽しげにお話しながら歩くご婦人の言葉に、きくともなく耳を傾けていると、
「私、山で生まれて山で育っているから、こんな山道は平気なんよ。」
と、意気軒昂である。

***

 高野山中の橋にバスをとめて、ハイキングはスタートした。このたびの幸運は、まず天候に恵まれた。「降らず、照らず」の絶好のトレッキング日和。雨が降っていれば、足を滑らせて怪我人が出ただろう。かといって、余りに天気が良すぎて、太陽の光が木々の間から強く差し込むようであれば、熱中症に陥る人が出たかもしれない。雨が降らず、ひざしも強くなく、ときおり風の吹きわたるこの日の天候は、御大師様からの何物にも代えがたい慈悲と感謝した。
 私は以前に十数度、奈良県天川村の大峰山に登ったことがある。「大峰山」はいくつかの山の総称で、そのうちの「山上ヶ岳(さんじょうがたけ)」は、今も女人禁制とされていて、女性差別の実例と非難されることもあるのだが、今回の高野三山めぐりは、時間・距離・勾配のすべてが、ほぼ山上ヶ岳登山に匹敵すると実感した。
大峰登山も、「ああ、しんどいな」と思ったとたんに、豁然と視界が広がり絶景が励ましてくれ、「もう限界」と思う頃には、おいしい涌き水、「役行者(えんのぎょうじゃ)の力水」に出くわす。実に有難い修行の山だ。
 高野三山はどうか。私が感心したのは、地表に露出した木の根が、あたかも自然の階段のように足元をしっかり支えてくれることだ。高野に住む人々や、金剛峰寺を開いた弘法大師の教えに帰依する者は、なにか喜びを感じる度に、「お大師さんのおかげ」と言うのが口癖らしいが、登山道で足を支えてくれた木の根っこには、「南無大師遍照金剛」と、お大師様の真言を唱えて感謝した。
 摩尼山で昼食をとり尾根伝いに楊柳山に到達。長い坂をおりて、気分一新、転軸山をめざす。長い坂道を上り切って高野三山を征した達成感を味わった。楊柳山を下り小さな清流を渡ると、そこは高野山奥の院であった。参拝の後、金剛峰寺千二百年記念に復興された、立派な朱塗りの「中門(ちゅうもん)」を拝観してハイキングは一段落、帰途についた。記念に短歌を2首、したためた。

***

    露出せる木の根に足を支えられ 上り下りぬ高野三山
    摩尼山ゆ 楊柳山と転軸山 西にめぐりて下れば聖地
    註;「摩尼山ゆ」の「ゆ」は起点・出発点を表す。「摩尼山から」

〔陽交(ようこう)〕体側を下り心身の慢性的な疲れと関連深い胆経の第35穴。
 取穴:膝裏のしわ外端と外くるぶしを結ぶ線の真ん中やや下。腓骨のすぐ後ろ。
 治効:登山の後、帰路の下り道で「膝が笑ってきた」とき、よく効くツボ。

《作者からの一言》この旅行の冒頭、私はスマートフォンを紛失し、写真が撮れなかった。バスでお隣の座席の玉置登美男様に頂戴した写真を添える。(宮本)



上は陽交の図



上は高野三山登山道/金剛峯寺中門

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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