漢方つぼ物語(232)
巨闕兪(こけつゆ)

〈8年目の和歌山県立医科大学ダウン症講義 〉

 「園子さんの病気は、ダウン症候群です。」
 昭和60年7月30日の午後、和歌山日赤病院(現在の和歌山医療センター)小児科外来。染色体検査の結果を聞きに来た私ども夫婦に、医師は単刀直入に、こう伝えたのです。覚悟はできてあったとはいえ、今後の困難を想像すると、胸のふさがる宣告でした。それでも案外冷静に受けとめることができたのは、その医師が、「お気の毒ですが」とか「残念ながら」などという言葉を添えずに、なおかつ優しい笑みを浮かべて伝えてくれたからだと思います。と申しますのは、今でも鮮やかに、そのときの医師のほほ笑みを記憶しているのですから。
 そこで今後、看護師として医師として、患者様方に接することになる皆さんに、ぜひお願いしたいことの一番目は、「笑顔によって希望を与えることのできる医療人であってほしい」ということです。
 では深みのある自然な笑顔の作り方をご一緒に練習しましょう。多少、変顔(へんがお)をして頂くことになりますが、よき医療人となるための試練です。お付き合いください。
笑顔には二つ条件があります。一つは、内面が備わっていること。これが欠けると“作り笑顔”ということになってしまいますから。もう一つの条件は、外面的なことです。笑顔は顔面の表情筋の伸縮によってできます。表情筋を鍛えましょう。
まず、顔の造作(ぞうさく)、すなわち目・眉・口を顔のど真ん中にきゅっと集めて下さい。そう、口もできるだけすぼめて。「酸っぱ〜い!」という感じのお顔になります。
次に、今、真ん中に集めた造作を、「パア〜ッ!」と四方八方にまき散らして下さい。そう、口を大きく広げ、目を大きく開いて、目・眉・鼻・耳・口が顔から飛び出て、遠くへ飛んで行ってしまうくらい勢いよく。鼻の穴も思い切り広げてもらっていいですよ。あ、女性の方で本気でやってくれている方がいる! 嬉しいですね。あなた、きっとステキな医療人になりますよ。

***

 ダウン症は合併症、特に心臓の病気を伴うことが多いのです。うちの園子も“動脈管開存症”という病気をもって生まれました。胎児期の血液循環路が残っていて、動脈の血と静脈の血が混じる病気です。1歳4か月の時に手術で治りました。
園子のお友だちのヒロ君はもう少し重い心臓の病気があって、何日も集中治療室で過ごさなければなりませんでした。担当の若い医師が、寝る間も惜しんで、付きっ切りで診てくれたのだそうです。ヒロ君のお母さんは、「昼夜をいとわず治療にあたってくれたお医者様の恩に報いるためにも、この子をしっかりと育てなくては、と思った」といっています。
皆さんに伝えたいことの二つ目は。医療は診療や看護それ自体だけではなく、そこに込められた真実が、患者さんをその後ずっと支え続けることがある、ということです。

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 ダウン症についてお話しする時、出生前診断(もしくは出生前検査)について触れないわけにはいきません。胎児の染色体異常は、羊水検査によって確定診断が可能です。これは妊婦のおなかに注射針を刺す検査なので、多少なりとも危険が伴います。流産の危険が約1%あると言われています。
ところが近年、血液検査で胎児の染色体異常の可能性を相当程度、予測可能となったとされ、まずは血液検査を施し、その結果が陽性の場合に羊水検査をすることが我が国においても一部の医療機関で行われるようになっています。
私どもダウン症のある子どもの親は、この検査自体を決して非難するわけではありません。私どもが願うのは、ダウン症を正しく理解していただいた上で、後悔のない判断をしてもらいたいという一点に尽きます。
将来、医療に携わる皆さんに強く希望します。正しい、最新の知識を医療チームが共有し、できればダウン症の当事者(本人・家族)によるカウンセリングの機会を与えていただきたいのです。

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 熱心にお聴きとり頂いた感謝の気持ちを込めて、これよりショータイムです。
 今日のお話の主人公・園子を連れてきています。
 (赤ん坊の人形をとりだして)まずは生まれたばかりの園子。
 (人形の口から舌を出して)舌が出ます。ダウン症の子どもは、舌がやや厚いめで、舌を制御する筋肉や口を閉じる筋肉の収縮力が足りないせいか、このように舌が出ていることがあります。
 (女の子の人形を出して)次に今の園子。この人形は、園子の妹がお姉ちゃんをイメージして絵を描き、その絵をもとに人形作家の方が作ってくれました。世界でひとつの園子人形です。
 園子、ご挨拶する? 「みなさん、今日はお父さんの話を、しっかりきいてくれて、ありがとう!」
 (白衣を着た人形を出して)最後に、園子の主治医である、和歌山県立医科大学付属病院小児科、染色体外来の月野隆一(つきの・りゅういち)先生です。
 「私の後輩諸君、患者さんの心に寄り添える良き看護師・医師になって下さい。」

〔巨闕兪(こけつゆ)〕正式のツボでないが特定症状に著効ある奇穴の一つ。
治効:心疾患に。ダウン症の合併症たる心臓病に効くかも。呼吸器疾患にも。
《作者からの一言》講義の数日後、届いた全員からの感想は又後ほど。(宮本)



上は巨闕兪の図/主治医と園子の人形たちと

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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