漢方つぼ物語(245)
大鍾(だいしょう)

〈 インド紀行三部作 その3「娘と私」 〉

  7泊8日のインド旅行をぶじ終えた私と次女・知佳を乗せたデリー発のエアインディア機306便が成田国際空港に着陸したのは平成28年3月28日午前8時だった。
渋滞の中、娘のボーイフレンドのE君の迎えの車が到着したとき、時刻は10時30分になっていた。新幹線で和歌山へ帰る私を、E君は東京駅まで送ってくれたのだ。車を運転しながら、E君は私に尋ねた。
「知佳ちゃんはどんなこどもだったんですか?」
「ええと、わりあい独立心の強い子だったかな…いや、むしろお母さんにべったりだったかな…ん?どっちやろ…」
 要領を得ない受けこたえをする私に、娘は言い放った。
「お父さんは私と、少しも関わらなかったからな。」
 ああ、確かにある時期まではそう言われても仕方がないくらい、この娘には関わっていなかった。しかしその後、思いがけない“きっかけ”で父と娘の絆は結ばれることになる。

***

  最初のきっかけは少し奇妙な出来事だった。まず、私が妻と大ゲンカをしたことから始まる。
ある晩、私が小学校のPTAの用事を終えて帰宅すると妻が、
 「お風呂にお入りなさいよ。」
 と私に促した。が、私は風呂に入るでもなく、だらだらとテレビを見続け、よほどたってから、ようやく風呂場に行った。すると…バスタブに水はなかった! 栓が緩かったのか、風呂桶の湯がすっかりなくなってしまっていたのだ。
 「風呂、空っぽやないか!」
 いつになく声を荒らげて叫ぶ私に、妻も逆切れして
 「さっさと入らんからや!」
 これに私も遂に切れて、星飛雄馬の父よろしく、ちゃぶ台をひっくり返した。
 翌日のこと、知佳がにやにや私に笑いかけながら
 「おとうさん、あれ、やって!」
 「あれって、何よ?」
 「どっちゃん」
 あきれた。ちゃぶ台ひっくり返しのアンコールを求めてきたのだ。あんまりしつこく要求するので、リクエストにこたえると、両手を叩いて喜んだ。

***

  その約1年後、私が趣味としている腹話術の発表会に、義妹が米国のディズニーランドの土産としてプレゼントしてくれたアラジンの魔法のランプの大男、ジーニーの人形を使って、人形太郎に歯を生やし、人形花子のヘアスタイルを一変させる、という出し物を演じることにした。
太郎は歯医者さんに入れ歯を入れてもらっているし、花子には金髪のカツラがある。残る課題は一瞬にして入れ歯をはめ、カツラをかぶせることだった。片手に人形を持って、もう一方の手でその動作をするのは至難の業。ここはなんとしても、助手を必要とした。
そこで知佳にこの役をひきうけてくれるか、と打診すると、「おもしろそう、やる!」と快諾。本番で机の下に隠れた知佳は、絶妙のタイミングで黒子役をやり遂げ、最後に種明かしとして姿を現したとき観客の拍手はしばし鳴りやまなかった。
喝采に気を良くした知佳は、「来年はちゃんとしたフクワジュツをやりたい!」と言い出した。それにこたえて知佳専用の軽くて扱いやすい人形を、人形作りの名人・潟見英明先生に作って頂いた。
さらにはこの人形代を稼ぐため、テレビの視聴者参加番組「素人名人会」に出演、見事「名人賞」を獲得した。知佳が小学校4年生になったばかりの頃だ。
その後、小学校卒業までの三年間に、私ども親子は高齢者施設や様々な催しで数十回の「公演」をこなした。和歌山大学の学園祭にまで招待されたのは想い出深い。

***

  しかし中学生になると同時に、知佳は腹話術引退を宣言し親子腹話術は封印された。さらに高校生になると知佳は私を毛嫌いするようになった。
私が知佳の通う高校のPTA会長に就任したことは知佳の逆鱗に触れた。「お父さんが会長になるなら、学校をやめる!」とまで言ったものだ。幸い、学校はやめなかったが、私は全く無視された。
友達には「あのひとは同じ名字だけど、お父さんじゃない」と公言していたそうだ。素人名人会の収録の日、私の手を握って離さなかった娘の、あまりに無体な激変ぶりに私は天を仰いで嘆息したものだ。
 その後、東京に勉学の場を移し、家族と離れて生活する中で、時間と空間を経て、ようやく親子としての絆は蘇ってきた。
2016年春、社会人として新しい一歩を踏み出すにあたり、なんと知佳は私に「お父さん一緒に旅行しようよ!」と呼びかけてきたのだ。世に稀な父と娘の「卒業旅行」は、幼い時に築き上げ、冬の時代を経て復活した親子の絆がなし得た「奇跡(!)」なのであった。

〔大鍾(だいしょう)〕。冷え・老化やホルモンバランスに関わる腎経の第4穴。
 取穴:内くるぶしとアキレス腱の間を下り、かかとの骨に突き当たる位置に。
 治効:ちゃぶ台をひっくり返すようなイライラを除きリラックスできるツボ。
《作者からの一言》親子腹話術の絆は強かった!…しあわせな父です。(宮本)



上は大鍾の図/素人名人会

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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