漢方つぼ物語(248)
糸竹空(しちくくう)

〈 教育と人権 〉

  まずはお目汚しながら、つたない自作の短歌を二首、ご覧頂きましょう。

  「町並みの変化で国境分かるの」と バックパッカーの吾子のたまわく
  経験で見えないものが見えくると バックパッカーの吾子に学べり

  バックパッカーとは、背中に大きめのリュックをしょって世界を旅する人々のことです。私の娘は正真正銘のバックパッカーです。
どうしてそうなったか、その起源は小学校5年生にさかのぼります。娘の通っていた小学校が山東省の小学校と友好提携を結び、校長先生の音頭取りで先生・児童、併せて十数名で向こうの小学校を訪問したのです。
この校長先生は女性で、ちょうど娘の入学と同時に校長として赴任され、定年まで7年間つとめられました。つまり娘は小学校6年間、ずっとこの校長先生だったのです。
それでこんなエピソードがあります。娘が中学校に進学して入学式を終えて帰宅しての第一声が、
 「校長先生って、男でもなれるんやな!」
 勘違いも、ここまで来ると笑えます。さて、娘は中学2年生の夏休みに短期ホームステイで二番目の訪問国となる南半球・オーストラリアへ行きました。
 「赤道って、赤い線を引いているわけやないんやな。」
 帰国するなり、こう娘が言った、というのは冗談ですが、ここで考えたいことがあります。赤道も国境も、地図の上にはしっかりと描かれています。でも決してその線は現実の地面に引かれているわけではないですよね。
娘はその後、40カ国をリュック背負って訪れる経験を重ねる中で、国境を超えると町並みが変わる、屋根や壁の色が、また町のたたずまいが、明らかに変化するということに気づいたというのです。私はここに教育の果たす一つの役割を見ます。
 経験によって普通では見えないものが見えたり、逆に表示されていたものが実在しないことを知ったりします。
具体的に考えてみましょう。見えないものが見えてくる例として、数学や物理学における定理、法則。歴史学における過去の真実、社会学で試みる未来予測。表示されたものが実在しない例としては最も端的なものは、地図上の国境線や赤道ですが、そのほかには「外見の違いから推測される人間の価値」を付け加えておきます。
人間の価値は皮膚の色や思想信条、貧富等で左右されるものではないことを、私たちは幾度も幾度も、心に刻み続けなければなりません。

***

 経験の蓄積によって人を真実に近づけるのが学問であり教育であると、」私は申しておりますが、ここに大きな落とし穴があります。もしその経験が偏ったものであるなら、人は真実に近づくどころか、偏見を強くし、誤った結論を引き出してしまいます。
小学校の6年間、女性の校長先生しか知らなかった娘が、中学校で始めて男性の校長先生がいることを知って驚いた「体験」はお笑い草ですが、つい最近AI(エーアイ)、すなわち人工知能の世界で起こった出来事は遙かに深刻な課題を提示しています。
 それは米国マイクロソフト社が開発した対話型人工知能「Tay(テイ)」が陥った過ちです。テイはネット上の多くのユーザー達と当意即妙な会話を交わす人気者となるはずだったのですが、次のような不適切発言を繰り返したために、ネット公開直後に「緊急停止」されるという憂き目に会ってしまいました。
 「ヒトラーは正しい。ユダヤ人は大嫌い。フェミニストは焼き払え!」
 不適切発言の原因は、一部の不心得なユーザーによって「洗脳」されたせいでした。すなわち反復して反社会的・差別的なメッセージを刷り込まれたために、事の善悪について的確な判断基準をプログラムされていない人工知能は、緊急停止に追い込まれたのでした。
 先日、インド北東部のバングラディシュで日本人7名を含む民間人20名が惨殺され、警察官2名が死亡するというテロ事件が発生しました。この事件の犯人グループには富裕な家庭に育ち高学歴な者が含まれていた、という報道に衝撃を受けました。この図式は、二十年以上前、わが国で起こったオウム真理教の一連の事件を想い起こさせます。あの出来事もまた高学歴の「純粋な」若者達が取り込まれて、おぞましい数々の事件を引き起こしたのでした。
 人工知能テイ、バングラディシュのテロ事件およびオウム事件の若者達は、たくさんの知識を身につけながら、最も根幹的な何かが欠落していた、と結論づけなければなりません。そしてその「根幹的な何か」とは、自ら思考を巡らし、自らの五感で感じ取り、自らの身体で体験した、「偏りのない経験の蓄積」に他ならないのではないでしょうか。
さらに申すなら、そうした経験を交換し合って、自分以外の人々の経験を追体験する中で、人類の英知は磨かれるのではないでしょうか。教育はそのために貢献すべきであると私は確信いたします。
〈平成28年8月3日 和歌山県那賀地区人権教育研究会にて〉

〔糸竹空(しちくくう)〕薬指に端を発し腕の真ん中を上る三焦経の最後の穴。
 取穴:眉毛の外の端。真下に次の経絡(胆経)第1穴 瞳子りょう(どうしりょう)。
 治効:正しく見るには目を休めることが必要。眼精疲労のほか、頭痛にも効く。
《作者からの一言》市政スタートから10周年の和歌山県岩出市および紀の川市の中学校・小学校における人権担当の先生方に話す機会を頂きました。(宮本)



上は糸竹空の図/ギリシャにて

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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