漢方つぼ物語(251)
  大包(だいほう)  

〈 母校・和歌山市立砂山小学校 〉

 昭和39年、それは東京オリンピックが開催された年です。最初のメダルは重量挙げの三宅義信選手の金メダル、締めくくりは、マラソンの円谷幸吉選手の銅メダル、そしてお茶の間を熱狂させたのは、大松博文監督率いる「東洋の魔女」女子バレーボールチームが宿敵・ソ連を負かして勝ち取った金メダルでした。当時、小学校6年生であった私は、それら日本代表選手の活躍の多くを学校のテレビで観戦し、応援しました。
 その年、私の母校・和歌山市立砂山小学校に、初めての鉄筋校舎が竣工し、6年生であった私どもは、真新しいその校舎で、小学校生活最後の日々を送りました。その校舎は今も「健在」で私のクラスである6年2組中谷学級があった教室は現在、コンピューター教室として用いられていると聞いていました。
 平成28年8月22日の午後2時30分から90分間、私は人権教育研修会で母校の教職員の皆さんに人権のお話をさせていただく機会をいただきました。講演に先立って午後1時過ぎに、レジュメ代わりの「漢方つぼ物語」をお持ちし、校長先生にこんなお願いを致しました。
 「私が52年前に学んだ教室に、入らせていただけないでしょうか?」
 案内された教室には、たくさんのタブレット端末が並んでいました。半世紀以上の年月を経て、かつての学び舎に身を置いて、にわかに懐かしさがこみ上げて参りました。
 (中谷好美先生に電話してみよう!)
 とっさに思いついて、携帯電話に登録された電話番号をクリックしました。中谷先生には3年、5・6年と、小学校6年間のちょうど半分を担任していただきました。年賀状のやりとりをしていましたが、今年は頂戴できなかったので、高齢者施設に入られたか、ご病気で入院されているか、電話に出ていただける確率は半々くらいだろう、と思ってのダイヤルでした。すると、
 「はい、中谷です。」
90歳を超えておられるとは思えない張りのあるお声が聞こえて参りました。
 「先生、教え子の宮本年起です。今、52年前の6年2組の教室からお電話しています。現職の先生方にお話しするよう、ご依頼を賜ったのです。」
 しばし会話を交わし、案内してくださった現職の校長先生(鎌田卓子先生。なんと同じ砂山小学校の4年後輩でした)ともお話しをなさいました。

***

 講演の冒頭、私はこんな言葉をホワイトボードにしたためました。
 《目立たない、誠実な人が、この社会を支えているのです。》
 この言葉は昭和40年3月、私が砂山小学校を卒業する折、中谷好美先生が私のサイン帳に揮毫してくださったものです。このメッセージを賜った状況については少し説明を要します。
 今も同じと思いますが、卒業に際して、先生や友達にお別れのメッセージを書いてもらうという習慣が、この頃からありました。私も真っ白なサイン帳を購入してそれに備えました。
 「メッセージのほしい人はサイン帳を出してください。明日、返します。」
 中谷先生がそうおっしゃったので、ぜひとも最初の頁に書いてもらおうと、他の多くのクラスメートと一緒に提出したのです。このとき、私はサイン帳に自分の名前を書くのを怠っていました。その上、まだ私のサイン帳には、誰のメッセージも書かれていなかったのです。中谷先生は、全くどの生徒のものかわからないままに、このメッセージを書いてくれたのです。翌日、返却していただくとき、先生は(あっ、あなたのだったの?)という表情をされました。その意味するところは(あなたには別のふさわしい言葉があったかもしれない)、ということです。私は「目立たない」生徒ではなかったのです。
 しかしながら、先生のメッセージは私に深い感銘を与えました。先生が意図して私に宛てた言葉ではないがゆえに、私はこれを「天からの告知」であると考えたのです。その後、私は娘の通う学校のPTA会長を再三つとめ、地域では自治会長・人権委員長の役職を任され、つい最近は、ボランティア団体である和歌山県腹話術協会の会長に、そして本業の関係では、一般社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会会長に就任しました。さまざまな団体の舵取りをするとき、中谷好美先生の流麗な筆跡を伴って、この餞(はなむけ)の言葉が、鮮やかに脳裏に浮かびます。

***

 母校の先生方には「教育と人権」という演題でお話をしました。講演を、
 「どうか子どもたちに、笑顔と希望を、いっぱいあげてください!」
という言葉で締めくくった時、半世紀前の中谷好美先生の優しい笑顔が胸中にはっきりとよみがえりました。

〔大包(だいほう)〕足の親指に起こり胸に至る太陰脾経21穴中の最終穴。
取穴:脇を下に横になり、腕を挙げた姿勢で、上の脇の線上、第6肋間に取る。
治効:中谷先生のメッセージと同じく、全身にエネルギーを与えてくれるツボ。
《作者からの一言》講演は砂山地区連絡所の会議室で実施されました。(宮本)



上は大包の図/元6-2教室

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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