漢方つぼ物語(261)
  陽谷(ようこく)  

〈 くしゃみと握手 〉

 事の発端は、平成29年1月19日の読売新聞夕刊第一面のコラム「よみうり寸評」であった。くしゃみや咳が出そうになってハンカチやティッシュを出すいとまがないとき、わが国の常識としては手元を口でおおって、咳・くしゃみをする。しかし、これは日本の常識であって、世界の非常識であると言うのだ。
 「えっ、口をおおわないで咳をするのか!?」
って? そうではない。飛沫の受け皿とすべき“場所“が異なるのだ。てのひらではなくて、肘の内側あたりで受け止めるのだという。その理由は…ズバリ、握手の習慣である。欧米の人たちは頻繁に握手をする。その手に咳やクシャミによって放出されたバイ菌が付いていては、失礼を超えて公衆衛生上、問題だろう。すなわち、きれいな手で握手をするために、飛沫は手で受けないのだ。
 実はわが国でも、「手を汚さない飛沫解消法」があった。それは口からではなく鼻から出るもの、すなわち鼻水を手もハンカチもティッシュペーパーも用いずに処理する方法だ。小鼻の横っちょに指を当てて、片一方の鼻をふさいで、もう片方の鼻の穴から勢いよく鼻水を飛ばす、と言うやり方だ。決して上品な仕草でないばかりか、運悪くこんな輩の傍らにいて、鼻水を浴びせられたら、たいへんな災難である。

   ***

 次に検討したいのは、欧米人が手ではなく肘の内側で咳・クシャミの飛沫を受ける「理由」となっている握手の習慣についてだ。
 私はかねてより、「握手」は英語の“シェイクハンズ”の誤訳だと思っていた。シェイクハンズの“シェイク”は、「握る」ではなくて、「振る」という意味だ。したがって“シェイクハンズ”を素直に日本語に翻訳するならば、握手ではなく「振手(しんしゅ)」と訳すべきであった。
「握手」と訳してしまったがために、現実的に弊害が生じている。日本人は“シェイクハンズ”するときに相手の手を握りしめるが振らない。欧米人はどうやらこの「日本式握手」に違和感を感じているようなのだ。現に私は、ある欧米人と初対面で握手をしたとき、
 「シェイクしてくださいっ!」
と、握った手を強く振られつつ、注文を受けたことがある。
 では、なぜ“シェイクハンズ”を「握手」と誤訳したのだろう?
 私の友人の一人はこう言う。
 「いや、それは『誤訳』ではないのじゃないか。日本にも、手を握り合って志を同じくすることを確認する習慣が、かなり古くからあったはずだと思うよ。西洋の“シェイクハンズ”を見たとき、これはわが国の『握手』と同じものだ、と判断して、その日本語訳としてこの言葉を充てたのだろう。つまり『握手』は“シェイクハンズ”以前から存在したと思う。」
 なるほど、そうかもしれぬ、と私は納得した。
 私は幕末の、ある歴史的場面を思い浮かべた。坂本龍馬が犬猿の仲であった薩摩・長州を結びつけたシーンだ。龍馬は、まさに薩長両藩の手を結ばせた。すなわち固く握手させたのだ。それによって明治維新は実現した。
 ところが日本式握手と西洋的シェイクハンズは、その仕草においていくつかの違いがあった。
 日本式はあくまで手を握り合うところに意味があり、必ずしも右手に限らない。むしろ互いに両手で包み合うような握手が、いわば“完全型”ではないかと思う。
 一方、西洋式は必ず右手に限る。「右」を英語で“ライト”といい、ライトには「正しい」と言う意味もある。これを「左」つまり“レフト”でやると一転、よこしまな仕草になってしまうだろう。
また手は握るだけでなく振らねばならない。聞くところによると、シェイクハンズの動作の、元来意味するところは、「私は素手です。何も武器を隠し持っていませんよ。」ということを互いに示し合っているのだとか。だとすれば、手を振ることで一層その確認を深めているのに違いない。「こんなに振っても、何にも出てこないでしょ!」という具合に。
 確かに「握手」とほぼ同じ意義であろうと、シェイクハンズの訳語として、これを充てたのかもしれないが、具体的な仕草として、これだけの差異がある以上、今からでも遅くない、シェイクハンズの日本語訳には「振手(しんしゅ)」もしくは「西洋風握手」という言葉を推奨する。そうでないと日本人は欧米人と握手するとき、いつまでたっても手を握るだけで振りはしないだろう。 我々は彼らにこう思われているかもしれない。
 (日本人って、シェイクハンズするとき、きつく手を握ってきて、振りもしない。妙な人たちだ。)
 握手は誤訳にあらず、との意見をのたまった友人に、熱っぽくこう語ると、彼はぽつんと一言、こういった。
 「豆腐をさわるような柔らかすぎる握手も、結構、気色悪いけどなあ…」

〔陽谷(ようこく)〕手首の関節で手の甲側に3つのツボが並ぶ、小指側のツボ。
 取穴:手首の小指側・手の甲側。尺骨の一番下と手首の三角骨の間のくぼみ。
 治効:頭痛・耳鳴り・手根関節炎。手首に痛みがあると西洋的握手ができない。
 《作者からの一言》東京オリンピックを機に、日本と世界を再考したい。(宮本)



上は陽谷の図/よみうり寸評

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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