漢方つぼ物語(266)
  肺兪(はいゆ)  

〈 免停30日 〉

 平成29年の2月末から約1か月の間、私は車もバイクも、ほんの1mmたりとも動かさなかった。いや、正確に言えば、動かすことを禁じられたのである。
60日間の運転免許停止処分を食らい、二日間の講習を受けることで停止期間を半減してもらったが、それでも正味30日間、車の運転ができなかったのだ。私は、ひたすら歩き、自転車をこぎ、雨の日や大きな荷物を運ばねばならないときはタクシーを頼んで、この期間を凌(しの)がねばならなかった。
 11月4日午前9時過ぎ、わが家のすぐ近くのT字路を車で左折する折、70歳の自転車の女性を巻き込んでしまった。女性に外傷はなく、痛みもさほど強くなさそうなので、 「私の家はこのすぐ近くの鍼灸指圧の治療所なので、後で見せに来て下さい。」 名刺を差し出し、そう言って,いったん別れたほどだった。
しかし、事はそう簡単には済まなかった。ほどなく,私の携帯に連絡があった。
 「夫に報告したら、『あとで面倒なことにならないよう、警察に連絡しなくてはいけない』と言うので、さっきの現場に戻ってきてほしい。」
 事故当初、肩・手首・腰が痛む、と言っておられたうちの肩・腰は痛みが和らいだが、手首が徐々に痛みを増してきていた。
パトカーが来て現場検証、救急車で近くの病院でレントゲン検診を受ける。手首の小さな骨が折れていた。骨粗鬆症があることも重なり、結局,骨がつながるのに3か月以上を要した。
業務上過失致傷による罰金は20万円。さらに道路交通法に基づく処分を待っていた時期の12月22日、私は不本意な違反を重ねてしまった。
交通渋滞に退屈して,運転中、スマートフォンの画面に眼をやったそのとき、私の車の斜め後ろにいた覆面パトカーに呼び止められ、減点1点、反則金6千円を払う羽目になった。(この1点が、とんでもなく効くかもしれない)との予感は的中した。

 ***

  結論から言うと、最初の人身事故による減点は8点であった。これはぎりぎり30日間の免許停止に相当する点数で、一日講習を受けると翌日からは運転が許される、つまり実質「免停一日」で済むものだった。しかし、これに「運転中スマートフォン」の1点が加わり、合計9点となったことで、一気にワンランク上がり、二日講習を受けてもなおかつ「免停30日」の処分を甘んじて受けることになったのである。
そして免停中に、(めったにばれないだろう)と車を運転しようものなら、それが発覚すると即、「免許取消」の厳しい処分が待っている。私は厳粛にこの罰則を受け入れるとともに、どこに行くにも車、という生活を見直すことを決意した。
 高校時代の同級生で私の畏友というべきY君が、その奥さんについて、 「うちのかみさん、『車の運転は好き』というが、危なっかしくて見てられない。車の運転に本気で向き合ったら,好きだなどとは言っていられないはず。」 この言葉は私の胸に突き刺さった。
まさに私も「運転が好き」な人間であった。そして車の運転に内在する危険を充分に認識していなかった。だからこんな事故を起こし、その処分を待つ間に、更に恥ずかしい違反を重ねてしまったのだ。

 ***

  もう二度とこの失敗を繰り返すまい。そう心に誓いつつ30日間、私は少々遠方でも自転車をこぎ続けた。車で20分足らずで行ける患家が,自転車だと1時間もかかる。車のありがたさを実感したが、同時に時間はかかっても、どこへでも自転車で行けることをあらためて確信した。
また交通センターでの二日間二万一千円なりの講習も、得るところがあった。  「“だろう”運転を脱却して、“かもしれない”運転を」という項目には得心がいった。
こんな車の少ない時間帯に、飛び出してくる車はない“だろう”と一時停止を怠るから衝突が起こる。どんなに安全そうに見えても、左右を確認して、もしかしたら子供が飛び出してくる“かもしれない”と万全の注意を払う慎重な態度が事故を未然に防止する、というのだ。
これは深い。ことは交通安全の分野に留まらない。  冗談のつもりで発した言葉が、人を致命的に傷つけることだってありうる。仲間だから、家族だから、夫婦だからわかり合えるはずとコミュニケーションを怠っていると、心のボタンの掛け違えが、徐々に取り返しのつかない事態を招くかもしれない。
 30日間の運転からの解放は,振り返ってみると私の人生に大きな収穫をもたらした。
安全運転への決意と、健康のためにできるだけ歩こう・自転車に乗ろう、との自覚。そして“だろう”ではなく“かもしれない”と、相手の立場に立った思いやりや配慮が、いかに大切かに気づく糸口となったこと。
 失敗は成功の元。どん底にこそ、希望の入り口はある。

〔肺兪(はいゆ)〕背中の中心線の外側1寸5分に並ぶ12の背部兪穴のひとつ。
 取穴:肩甲棘内端の高さの少し下で背中の中心線(後正中線)の外方1寸5分。
 治効:呼吸器の働きを高め酸素の取り入れを促し、運転に必要な集中力を増す。
《作者からの一言》被害者のご主人が、加害者である私に「あなたにも気の毒なことだったね」と優しく言ってくれたことを、私は決して忘れない。(宮本)  



上は肺兪の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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