漢方つぼ物語(268)
  下痢点(げりてん)  

〈 方言騒動 〉

 私、48歳の主婦。和歌山生まれの和歌山育ち、生粋の紀州人です。いろんなことに関心があります。故郷を活性化したい、という思いも人一倍強く持っています。
昔から『訛(なま)りは国の手形』っていいますが、お国訛り・方言って面白いですよね。東北で電車に乗ったら駅のアナウンスが、
「落ちる人が死んでから、お乗りください。」
これは、
「降りる人が済んでから、お乗りください。」
と言っているのが、お国訛りのせいでこのように聞こえる。
 「い」と「え」の区別がはっきりしないのが東北弁の特徴。そのために、「越後」も「イチゴ」も同じに聞こえる。
東北は寒いところなので、寒気が口に入ってこないように、言葉を発するときも極力、口の開け方を少なくする。その結果、発音が不明瞭になるのだっていうけど、本当かな。
 私の故郷・和歌山弁も、よそ様のことを偉そうに言えたものではありません。
「ざじずぜぞ」と「だぢづでど」が区別できない傾向があるのです。「象さん」が「どーさん」になったり、「銅像」が「どーどー」になったり。でも、言い訳するわけじゃないけど、「地面」は元来、「ぢめん」であるはずなのに、今は「じめん」と振り仮名をつけるじゃないですか。標準語において、「ぢ」の音が次第に「じ」に変化しているのではないかしらん。
もしかしたら、将来的には、「ざじずぜぞ」と「だぢづでど」の区別はなくなるのかもしれない。だとすれば、和歌山方言は言葉の進化を先取りしているのでは? … な〜んてね。
 和歌山弁の特徴として、敬語表現が極端に少ないことが挙げられます。
 大阪弁だと、「しておられる」の意味で「してはる」と言う、軽い尊敬表現がありますよね。奈良方言で「ご在宅ですか?」という意味合いで用いる「居(お)ってですか?」という言い方にも敬意が含まれています。京都言葉に至っては敬語の宝庫と申すべきでしょう。
 歴史的に見て、和歌山弁にまったく敬語がなかったわけではありません。
私が生まれた漁師町である加太(「かた」ではなく「かだ」と読みます)に海苔を行商していたご婦人がおられました。背中に大きな荷を負ってあちこちに海苔を売りに行っておられました。上品なご婦人で、あいづちを打つときによくこうおっしゃっていた。
「ほんまにそうやのし。」
 これ、紀州の「のし言葉」と申します。語尾に「のし」を添えて丁寧語となるのです。贈り物には「熨斗(のし)」を付けますが、なんと数十年前まで紀州和歌山では言葉にまで「のし」を添えていたのです。残念ながらここ最近では、のし言葉を聞くことは、とんとなくなりました。
 「紀州さんとは夢にも知らず 『いこら・いのら』で気がついた」
 そう都々逸にうたわれた「連れもていこら(ご一緒にいきましょう)」も同様に耳にすることがなりました。まことに寂しい限りです。みんなあどうよ(皆さん、どうですか)、もっと和歌山弁を使おらよ〜。

***

 先日、久しぶりで加太の実家に帰りました。すると父が、手作りのご馳走を振る舞ってくれたのです。
海辺の男性は皆、料理上手です。それは良かったのですが、ちょっと面倒なことが起きてしまった。母が父に尋ねました。
「ねえ、台所のタコの切れ端、どうするの?」
父はこう答えました。
「あ、それ、ほっといてくれ。」
 この一見、なんでもない受け答えがこのあと、たいへんな事態を引き起こすことになります。なぜでしょう?
 その鍵は和歌山弁の「ほっとく」にあります。この言葉、意味が二つあるのです。一つは標準語の「うっちゃっておく」すなわち「なにもしないで、そのままの状態で放置する」の意味。今一つは「捨てる」「廃棄処分にする」の意味なのです。
しばらくして父が母に尋ねました。
「おい、さっき言っていたタコの切れ端はどこにあるのや?」 母が答えました。
「ゴミ箱へ捨てたよ。『ほっといて』って言うたから。」
「なんやて! わしはさわらんと置いといてくれと言うたんや!」
 場がたちまち険悪となったので私、とっさにゴミ箱に捨てられたタコを拾い水洗いして飲み込みました。お陰でその後、腹を下して、たいへんやった!
友人にその話をすると「そら『犬も喰わない』ものを食べたら腹もこわすわ。」
と笑われました。とほほ、方言は時に罪作りです。

〔下痢点(げりてん)〕14経の正規のツボ361穴以外の良く効くツボの一つ。
取穴:手の甲、中指と薬指の中手骨の合わさる直前の位置で刺激して痛む処。
治効:突然の下痢や腹痛をおさめる。ゴミ箱から拾ったタコに当たった時に。
《作者からの一言》今回のエピソードは、私の知人で加太出身の小倉裕子さんがフェイスブックに書かれた実話。あんまり愉快なので頂戴しました。(宮本)



上は下痢点の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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