漢方つぼ物語(269)
  六つ灸(むつきゅう)  

〈 父と息子 〉

 映画「家族はつらいよ」がヒットしている。渥美清主演で人気を博した映画「男はつらいよ」シリーズ全48作を生んだ山田洋次監督の最新作だ。75歳になるベテラン俳優・橋爪功主演なのだが、このタイミングで、息子の橋爪遼が、覚醒剤所持の容疑で逮捕された。まさに「家族はつらいよ」を地で行った形だ。

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 「男はつらいよ」は元々、テレビドラマシリーズであった。昭和43年にスタートし、翌年までフジテレビによって制作・放送された。昭和43年は私が高校に入学した年。毎週、熱心に見た記憶がある。
必ずしも毎回、渥美清が主演するわけではなかったし、渥美清が主役の場合も、その役どころは、その都度違っていたし、相手役も様々であった。
当時二十代で、その後、32歳で参議院議員に初当選、7回当選の記録(これはトップタイ記録)を達成し、今も活躍している山東昭子も、このドラマに渥美清の相手役として登場したことがある。

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 さて、このシリーズで私が鮮明に覚えている回がある。そのストーリーを覚えているだけではなく、それを見たときの状況が、まことに印象深く脳裏に刻まれている。
 どういうわけか、母と姉はその場に居らず、父と弟と私、すなわち男三人が一緒に見ていた。それも寝転がって見ていたのだった。ストーリーはおおよそ、以下のごときものだった。
 主人公は理髪店の長男。父は永年、理容店を経営している。家業を長男に継がせたいと願っている。しかし息子は、表向き素知らぬ顔を装って父親を落胆させている。
ところが、息子は実は内緒で理容学校に通っていたのだ。父親を驚かせようとしたのか、男同士の照れがあったのか。父親に内緒で、理容師の国家試験にパスしたある日、息子は新人理容師が技能を競う大会に参加している。
やがて審査の結果発表。息子は見事、準優勝に輝く。満面の笑みを浮かべる息子。
そこへ急な報せが入る。
「たいへんだ、すぐ家に帰りなさい。お父さんが脳溢血で倒れた! 命が危ないらしい。」
 驚く息子、家に急ぐ。準優勝の賞状を手に、こう叫びながら。
「おやじがいないのだったら、こんなもの要らなかったんだ!」

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 私は感動でぼろぼろ涙を流した。ふと弟の顔をのぞき見ると、弟も涙を流している。そして、父親を見ると、父もまた、涙を流していたのだ。父と息子の感動のドラマで、父親と息子二人が涙を共有したのだ。
 ドラマが終わった後、特別三人で感想を語り合ったわけでもなければ、「ええドラマやったなあ」と言葉を交わし合ったわけでもない。ある晩に、男三人が涙を共有した想い出が、忘れがたく記憶に残っているばかりだ。
 その父が、冬の日曜日の朝、突然亡くなってから既に34年の歳月がたった。
法律家を目指していた私が一転、家業を継ぐ決意をして、鍼灸マッサージ師の国家資格を取得、父と共に自宅の施術室で仕事をするようになってわずか2年、これから父の技術を引き継ごうと思っていた矢先のことだった。
 司法試験合格のために勉学に励んでいたある日、一つの疑念が私の胸中に兆した。
(この壊れやすい感受性をもって、罪を犯した人や民事の争いの渦中にある人たちを相手とする仕事を、生涯の天職として打ち込めるだろうか?)
 一点の雲として兆した疑念は次第に胸中に広がり、もはやこれをぬぐい去ることは困難であると感じたとき、父の黙々と働く姿が眼に入った。
腰痛で這うようにして来院した患者さんが、父の施術を受けた後、感謝の笑顔を浮かべて、すたすたと歩いて帰っていく。
(敵も味方もなく、ただひたすら、訪れる患者さんの苦痛を和らげ、感謝してもらえる。この仕事の方が、迷いなく打ち込める仕事ではないのか。)
 そう思ったとき、再度上京して法律の勉強に専念すべく準備していた荷を解いた。結果的に家業を継いだことを、父は喜んでくれただろうか?
 弟は、大学で専攻した語学を職業として活かす機会に恵まれないまま、還暦を過ぎた。思い通りには行かなかった人生を振り返って、内心、忸怩(じくじ)たる思いもあるだろう。
 人生はそれぞれのものである。だが、それぞれの人生が時に交差し、感動を共有することがある。晩年の楽しみを味わうことなく帰幽した父と、意図した人生を歩み損ねたまま晩年を迎えようとしている弟を思うとき、父・弟・私の三人が涙を共有した遠い日の想い出が、妙に甘酸っぱく記憶の闇の中から浮かび上がってくるのだ。

〔陰包(いんぽう)〕脳中枢にも全身の筋腱の弾力にも関わる足の厥陰肝経の穴。
 取穴:太ももの内側、膝蓋骨の上縁から4寸上、縫工筋と薄筋との間に取る。
 治効:大腿部肝経の内臓・筋肉・血管の弾力を整える。脳血管障害の予防に。
 《作者からの一言》私宛てに“介護保険被保険者証”が届きました。(宮本)



上は陰包の図

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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