漢方つぼ物語(270)
  曲差(きょくさ)  

〈 デンマーク紀行その1 夢 第2章 〉

 小学生の頃、私には一つの夢があった。それは腹話術を習うこと。きっかけは母に連れられて大阪でみたわが国における腹話術の草分け・川上のぼるさんの舞台だった。人形がいきいきとおしゃべりし、笑いを誘うこの芸に、幼い私は魅了された。家に帰るなり、だれかれなしに私はききまくった。
「ねえねえ、だれか、“ふくわじゅつ”を教えてくれる人、おらんやろか?」
「腹話術? そんなん川上のぼる以外に、だれなと(=だれかれなく)やらんで。」
 それでも私はあきらめなかった。(いつか、腹話術を習いたい!)その“夢”を胸の奥深くに大切にしまい込み、時折、取り出しては眺めていた。

   ***

 夢が叶ったのは29歳の春だった。私は家業の治療院を継いでいた。小学校時代の恩師が来院し、私、今年度で退職するのだけど、楽しい趣味を始めたのよ、とおっしゃる。それが腹話術だと聞くに及び、思わずこう質問した。
 「腹話術って川上のぼるがやるような、あんな腹話術?」
 私の頭の中で20年以上前にみた忘れ難い舞台がカラーでよみがえっていた。
 「その川上のぼる先生が、教えてくれるのよ!」
 西嶋悦子さんという和歌山市の一人の小学校教諭が発端となって、川上先生が和歌山に腹話術の手ほどきに来てくださることになった、その時期に、私は和歌山県腹話術協会のメンバーに加わった。私の「夢 第1章」は、このようにして実現したのだ。

   ***

 昭和57年4月、和歌山県腹話術協会に入会。その5年後の昭和62年春に、川上のぼる先生は中国人民政府の招きを受けて中国で腹話術を演じることになった。
まず上海の舞台で演じ、その後、陸路、キャラバンを組んで沿道の人々に大道芸としての腹話術を見せながら西安に至り、そこで締めくくりの舞台をつとめた。
川上先生によると、腹話術は中国がルーツ。秦の始皇帝の時代に、儒学者が人形を用いて儒教を広めようとしたのが始まりなのだという。私は、川上先生の西安公演を観賞するツアーに参加した。私にとって、これが初めての海外旅行であった。この頃から私の「夢 第2章」が芽吹いた。世界の街角で腹話術を大道芸として演じ、各国の人々と交流したい! 壮大な夢の兆しだ。

   ***

 満65歳を迎える平成29年7月、夢に向かって第一歩を踏み出すチャンスが訪れた。日本・デンマーク友好150年の記念の年に、首都コペンハーゲンを訪問する機会を得たのだ。
和歌山県の公式訪問団に、かねて民間外交を続けてきた我々のグループが加わることが認められた。他のメンバーと共に渡航するつもりであったのだが、ある理由で、私は独自に航空券を取ることになった。
出発の日の午前中に催されるお寺の関係のこどもの集いで腹話術を演じてもらえないか、との依頼を受けたのだ。同行の仲間に相談すると、
「他ならぬお寺からのご依頼、旅行中、守ってもらえるようにお受けしたら?」
 そんなわけで、関西国際航空発着、ドバイ経由コペンハーゲンの往復を、私は一人で飛ぶことになった。
不安だった。最初の“関空28番ゲート”で早くもつまずいた。モノレールみたいな電車に乗せられた。空港がどんどん遠ざかっていく(ように見えた)。乗り合わせた人に、すがるように尋ねる。
 「28番ゲートから搭乗したいのですが…」
 「次の『中間駅』で降りて右。私は39番で左へ行きますが、28番は右。」
 よく尋ねたことだ。そのまま乗っていたら飛行機に乗り遅れるところだった。
 コペンハーゲン空港でスーツケースを受け取る際にもはらはらした。待てど暮らせど中々出てこないのだ。ベルトコンベアーの上をもう5周も回っているスーツケースがあるのに、私のが出てこない。あれかなと思ったら、ボコボコのスーツケースが出て来た。幸い似ていたけれど自分のじゃなかった。結局、小一時間もしてから、スーツケースが無傷で出てきたときは嬉しかった!
 帰りに、コペンハーゲン航空からドバイ行きに乗るときも、
「第3ターミナルから搭乗、となっていますが、間違いないでしょうか?」
と尋ねると、
「その前に第2ターミナルで、スーツケースを預けてください。」
 この第2ターミナルが大混雑、スーツケースを預けるのに1時間かかった。
 帰途、ドバイ空港での乗り換えも、長い距離を歩いた後、隣町まで行くのか、と思うくらい長い時間、バスに乗った。それほど広大な空港なのだ。
 無事に旅を終えた今、つくづく思う。これは「世界の人々と交流する」という、私の「夢 第2章」を実現するための“格好のトレーニング”であった、と。
 慎重かつ大胆に、世界の街角で大道芸、という年来の夢を追い求めていこう。熱いハートと、クールなマインドを持って。

〔曲差(きょくさ)〕目頭から足の小指に至る足の太陽膀胱経67穴中第3穴。
 取穴:髪の生え際の中心から5分(親指の横幅の半分)後方、1寸5分外方。
 治効:旅行中、掲示板や時刻表・地図の読み取りによる眼精疲労をやわらげる。
 《作者からの一言》アラブ首長国連邦のエミレーツ航空を利用した。(宮本)



上は曲差の図/関空までお見送り

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

[前のページへ] [次のページへ] [メニューへ戻る]
[トップへ戻る]


社団法人 和歌山県鍼灸マッサージ師会
 〒640-8341  和歌山市黒田97−14
 電話  073-475-7771  FAX   073-474-2241

 メールはこちらまで  info@washinshi.com