漢方つぼ物語(273)
  膀胱兪(ぼうこうゆ)  

〈 デンマーク紀行その4 二人の通訳 〉

  マースク社訪問の際、案内の社員の傍らで上品な女性が通訳をつとめていた。私はこの方をマースク社専属の通訳と勘違いしていた。そうでなく私たち一行の案内のための日本人通訳であることはすぐに判明した。その後も様々な訪問先に同行し、あるときは日本語・英語の、またあるときは日本語・デンマーク語の通訳を、流暢にこなされた。
 “日本人通訳”と呼ぶのは正確でない。彼女(Mさんと呼ばせていただこう)はデンマーク男性と結婚し、半世紀以上コペンハーゲンで暮らしているれっきとした”デンマーク人“なのだから。
 移動のマイクロバスの最後尾の座席で、私は幸運にもMさんに多くの質問をすることができた。彼女は私の一つひとつの質問に、誠実かつ的確に答えてくれた。デンマークでは雇用について男女の差別はなく、女性が仕事を持っているのは当たり前で、“専業主婦”は存在しないことを、私はMさんから教わった。
私のメトロ(地下鉄)での体験、すなわち、どこの駅で降りるのがお勧めか、と尋ねたら「君は何を見たいのか?」と返された、というエピソードをお話しすると、デンマーク人は自分の意見と感性をしっかりと持っていて、納得して決めたことは貫き、納得しがたいことには安易に同意しない、と、その国民性を説明してくれた。
 しかしながら私が最も深い関心を抱いたのは、Mさんの自身の個人史であった。そのようなプライベートなことをおたずねして良いものかとためらいつつも、人生の大半をコペンハーゲンで暮らすきっかけとなった“運命の出会い”について、“根掘り葉掘り”おききした。
 それは高校生のとき、アメリカン・フィールド・サービス(略称AFS)という留学制度で1年間米国に留学した。そして後に夫となる人もまた、デンマークから米国に留学してきたのである。長い遠距離文通の末、二人が結婚したのはほぼ10年後であったという。
 「僕が日本に行こうか? それとも君がコペンハーゲンに来てくれる?」
 日本語の話せない彼が日本で住むのは困難だろうと考えた。それでMさんがデンマークに赴き、コペンハーゲンで新婚生活がスタートした。
子宝にも恵まれた。長男に日本語を少しずつ教えようとした。ある日、長男は言った。
 「ママ、日本語、いや! 幼稚園でからかわれるから。」
 耳慣れない日本語を、お友達からからかわれたらしい。どうしたものかと悩んだ。結局、それを機に日本語に封印した。それが正しい選択であったかどうかは未だに分からない。そのようにしてデンマーク社会に溶け込んでいった。最近、孫娘が、
「おばあちゃん、私、日本で美術を勉強しようかなあ。」
と言い始めた。そう言いながらも本気で日本語を学んでいるようでもないが…。

   ***

 もう一人の通訳Yさんは、Mさんより一回りくらい若そう。マースク社見学のおり、“logistics(ロジスティクス)”という言葉の意味を尋ねると、「物流」と教えてくれた。単なる輸送・運搬ではなく効率よく商品や物資を動かすシステムを指すものらしい。それ以降、コペンハーゲン市内観光の折りも私はYさんにくっつくようにして説明をきいた。
 Yさんが案内してくれた内容・場面で、印象深く記憶していることが二つある。
 その一つは、原子力発電についての歴史だ。デンマーク政府が原子力政策を推進しようとした時期がある。国民は強く反対し、遂に計画をストップさせた。住民パワーはそれだけに留まらない。デンマークと国境を接するスエーデンが、デンマーク・スエーデン国境に近い場所に、原子力発電所をこしらえた。他国の国土内では仕方がない、と通常はあきらめるところ。しかしデンマークの人たちは決してあきらめなかった。結束して反対運動を完遂して、とうとう隣国の原子力発電所を閉鎖に追い込んだというのだ。
幸福を追求するためには困難をいとわない、そして自然と人間をこよなく愛する。そんなデンマーク人気質が最も良く表れているエピソードだと感心した。
 もう一つ、Yさんの案内でコペンハーゲン随一の人気スポット、人形姫の像に立ち寄ったときのこと。世界中からやってきたおびただしい数の観光客でごった返す中、人魚像をバックに記念写真を撮ろうとする私たちに、Yさんは大声で注意を促した。
 「皆さん、今日はスリが出ております。手荷物を身から離さないようお気を付け下さい!」
 私は今回のコペンハーゲン訪問のために特別に用意した人魚姫の腹話術人形を抱いてカメラに収まった。人魚姫の像は想像していたよりも小ぶりであった。脚はほとんど人間の姿で、足先に申し訳程度に“魚の尾ビレ”が付いていた。

〔膀胱兪(ぼうこうゆ)〕背骨の外側1寸5分に並ぶ臓腑の反応・治療穴の一つ
 取穴:仙骨の4対の孔(あな)、上から2番目の高さ、正中線の外方1寸5分。
 治効:通訳・ガイドは足腰の丈夫さが必要。下半身の血行促進・腰痛の予防に。
 《作者からの一言》公用語はデンマーク語。英語は一般に通じやすい。(宮本)



上は膀胱兪の図/人魚姫の像の前で人魚姫の腹話術人形と

 ●この文書は、当会会員である、宮本年起氏の創作です。

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