漢方つぼ物語 (28)
梁 丘
1962(昭和37)年8月5日、ロサンゼルス郊外の自宅ベッドで、受話器をにぎりしめたままこと切れている一人の女性が発見された。検視官は「“睡眠薬の意識的な多量服用による自殺”と思われる」との見解を発表した。
その女性の名を、マリリン・モンローという。
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「“驚異の痩せ薬、一日たった一錠でみるみる痩せる!”か。痩せ薬の宣伝文句ってどうしてこうオーバーなんだろう…。」
そうつぶやきながらも、ダイレクトメールで送られてきた痩身薬のサンプルを深い考えもなく口に放り込んだのは、30代半ばを過ぎてようやくウエストラインが気に掛かり始めていたからでもあった。ほどなくマリリンは、強烈な胃の痛みに襲われる。
「また来たわね、持病の胃痙攣。おお、わが永き友!」
あまりの痛みに頬を引きつらせながらもそんなジョークが口をついて出たのは、この“永き友”を黙らせる秘法を、さる機会に伝授してもらっていたからだった。
かつて日本訪問のおり、ひどい胃痙攣を起こして腕のいい指圧ドクターの世話になった。ドクター・ヤマコシが膝のあたりのつぼをひと押しすると痛みは嘘のように遠のいたものだ。それ以後もたびたび胃のさしこみに見舞われたがこのときに教わったつぼ“リョーキュー(梁丘)”でことごとくしのいできた。
しかしこのたびの痛みの発作はどこか今までのそれと違っていた。マリリンは痛みを鎮めるための“もう一つの常套手段”を用いざるを得なかった。
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もうどのくらい睡眠剤を飲んだろう。頭はもうろうとしているのに胃の痛みは眠ることすら許してくれない。いったいどういうことなのかしら。
(そうだ、何かたずねたいことがあったら遠慮なく電話してきなさい、と言ってヤマコシがくれたネームカードをお守りみたいに財布に入れていたわ…。)
受話器をとり国際電話のダイヤルを回そうとするマリリンの体内で、致死量をはるかに超えて服用した鎮痛薬代わりの睡眠剤が急激にその薬効を示し始めていた。
***
“敬愛する大統領閣下殿
このほど貴殿の親しき友人が不慮の死を遂げられたこと、まことに
お気の毒である。われわれのひそかに開発した催痙(さいけい)剤、
すなわち胃痙攣を引き起こす薬物は予想を上回る効能を発揮したよう
だ。何しろ自殺としか見えない状況での死を、もたらしてくれたのだ
から…。
しかしながらこれは最初からわれわれの意図した結果である。彼女
について、われわれは十分な情報を持っていた。痛みを睡眠薬で紛ら
わせようとする習性も含めて…。
だが、亡くなったご友人には申し訳ないが、彼女の死は単に君への
警告の手段でしかない。われわれの真のターゲットは君だということ
をこの際、はっきりと断言しておく。
われわれの収集している情報では、君はベトナムに送り込んでいる
兵士を最終的には撤退しようと考えているようだが、それは考え直し
てもらわねばならない。わが国の産業の繁栄のために、さらには君の
生命の安全のために、君が賢明な選択をすることを祈っている。
熱烈な支持者一同より”
***
大統領は憤然として差出人不明の封書を破り捨てた。この不気味な手紙の警告が現実のものとなったのは、よく1963年11月22日、若き大統領がテキサス州ダラスを遊説中のことであった。
〔梁丘(りょうきゅう)〕足の陽明胃経の34番目のつぼ。
取穴:膝蓋骨(=ひざのおさら)外上角の上方2寸、大腿の前外側。
ズボンの前を引っ掛ける腰の骨の出っ張りを上前腸骨棘というが
その下方で、股関節横紋(=股関節を曲げたときにできるしわ)
のところで、縫工筋と大腿筋膜張筋という二つの筋肉の間に髀関
(ひかん)というつぼがある。膝蓋骨外上角とこの髀関のつぼを
結ぶ線上で、下からほぼ9分の1にある。
治効:胃経の郄穴(げきけつ=急性症状に用いられるつぼ)であって
胃腸の急激な運動による症状(腹痛、下痢、胃痙攣など)のほか
膝の痛みにも応用される。